No.212
1998.11

<研究紹介>   ISASニュース 1998.11 No.212

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実験惑星学の展望

北海道大学大学院理学研究科 橋元明彦  



◆それはなに?

 Experimental Planetology # 初耳でしょうか。宇宙・星雲・太陽系・惑星といった様々の階層で生じた現象とその過程を実験的に解明すること,を目標とする野心家の看板です。

 宇宙と太陽系の起源と進化の問題を究明するのに,
{イ} 理論,
{ロ} 望遠鏡や探査機による観測,
{ハ} 地球・月・隕石等の惑星物質の分析,
の従来の方法があります。しかし科学の発展に重要な「実験的アプローチ」が,惑星科学には欠乏しています。

 物理学においては,現象の本質を理解するのに,条件の制御し易い単純系を実験対象に選ぶことができます。惑星科学では,対象を単純化しすぎると本来の興味から遠ざかってしまいます。即ちある程度の複雑系を相手にせざるを得ないのですが,皮肉にもここに実験惑星学の活路があります。
 以下では,私の実践する実験惑星学を紹介します。



◆原始太陽系星雲



図1 原始太陽系星雲(Paint by J.A.Wood)

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 私達の太陽系もまた,近年ハッブル宇宙望遠鏡や赤外天文衛星等により観測が可能となり始めた「原始星とそれを被うガスと塵の雲」,即ち原始星雲から生じたと考えられます(図1)。

 惑星と衛星,小惑星や彗星は46億年の昔,数百万〜数千万年の短期間に原始太陽系星雲から形成されたと推定されます。なぜならば,観測によるとこの期間の後に星雲は払拭されてしまうからです。

 太陽系の諸天体は,大気も表面も,恐らく内部もその物質構成において一つとして同じではありません。また,惑星には集積しなかった小天体のかけらが,各地の研究所や博物館に収集されています。隕石です。それらは,岩石質から金属質のもの,有機物に富むもの,堆積性から火山岩・変成岩のタイプまで様々です。コンドライトと呼ばれる,恐らく他の惑星物質の祖先となった始原的な隕石では,構成する小粒子の一つ一つが,鉱物・化学・又は同位体組成において隣り合う粒子と異なることがわかります(図2)。では何故太陽系物質にこのような多様性が存在するのでしょうか?



図2 レンデ隕石の薄片写真(ヨコ2mm)

 太陽系は他の恒星系同様,過去に様々の星から空間に放出された多様な星間物質をその原材料としたはずです。実際プレソーラー粒子という,太陽系形成以前から存在した1μm以下の大きさの物質が隕石中に発見され,最近話題となっています。

 しかし1μm以下の星間塵物質は,十億個集まらなければコンドライト隕石中の一個のコンドリュール(直径0.1〜1mm の岩石質の液滴)になりません。それだけの数が集まれば,鉱物も組成も同位体も全て平均化してしまうはずですが,個々のコンドリュールは明瞭に異なります。巨大な惑星では,そのコンドリュールが1027個集まる必要がありますが,地球型惑星の全体組成は同じではありません。従ってコンドリュールから惑星レベルまで,その多様性の原因を太陽系前駆物質に求めることは不可能です。

 かくして,原始太陽系において大規模な“元素の分別過程”(特定の元素を他から選別する過程と,選別後に空間的に分離する過程の両方)が生じなければならなかったのです。これは太陽系の起源に関わる大問題であり,実験惑星学の最大の標的です。



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◆元素の蒸発と凝縮

 海洋の水は蒸発して気体となる。しかし塩分は蒸発せず海洋に残る。もし大気がどこかに吹き飛んでしまうならば,海洋の塩分濃度は次第に上昇するでしょう。

 基本的に似た現象が,原始太陽系でも生じました。ただし,地球型惑星や岩石質の隕石の生成した環境は,岩をも蒸発させる高温に一時期あったと考えられます。

 月と地球は構成元素の種類こそ変わりませんが,月では,AlCaTiU,希土類元素など岩石から蒸発しにくい耐火性の元素が,地球にくらべて約2倍も多く含まれます。一方,比較的に蒸発しやすい NaKRbCs などのアルカリ元素は,地球の 1/3 以下しか含まれません。

 図3には,個々のコンドライト隕石の全岩組成を元素存在比のペアで示します。岩石にあっては,Al Mg Si よりも難揮発性の元素です。従って,両軸共に隕石の難揮発性成分の濃集度の違いを表します。一方 Mg Si の相対的な揮発性は条件次第で微妙に変わると予想されますが,元素分別の傾向(Si/Mg 存在比)は隕石のタイプ毎に明瞭に異なっています。



図3 コンドライトの全岩組成(C,O,Eはタイプ)

 では如何なる物理環境が調えば,太陽系で生じた化学分別を説明できるのでしょうか?そのためには,蒸発と凝縮という相反する物理過程を根本的に理解することが必要です。



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◆蒸発と凝縮の速度論的研究

 真空蒸発という技術があります。熱分解によって固体又は液体表面から離脱した分子を,高真空ポンプで強制的に排気することにより,それら分子が元の表面に再衝突して凝縮するのを阻止します。単位時間当りの蒸発量を測定することで,温度の関数として熱分解による絶対蒸発速度を正確に求めることができます。

 一方,自由エネルギー関数を用いると当該の固体物質の平衡蒸気圧を計算できます。これから,気相と固相が平衡にある場合に単位表面積に単位時間当り衝突する蒸気分子の数が分子運動論から導かれます。平衡下では,蒸発と凝縮の分子数は等しいはずですから,分子の凝縮速度は上記の絶対蒸発速度と等しくあるべきです。従って,表面に衝突する分子の内,実際に凝縮して再び固体の一部となる分子の割合(凝縮係数)は真空蒸発速度を衝突数で割った値となります。平衡に限らず任意の蒸気圧について,この係数を衝突数に掛けたものが,蒸気分子の凝縮速度となります。

 この原理を用いて,惑星を構成するほぼ全ての元素について,その酸化物と主な化合物(鉱物)の熱的絶対蒸発速度と凝縮係数を求めました(例:表1)。それらの数値は言わば物性値であり,原始太陽系で生じた化学分別を定量的に理解する基礎データとなります。



表1惑星主成分の凝縮係数



◆星雲ガスと固体惑星物質の反応

図4 水素反応装置(反応容器を挿入中) 

 さて,星雲は真空ではありません。円盤状の原始太陽系星雲の太陽に向う動径方向と,星雲の鉛直下向きに,当然ながら圧力勾配は正となっていたでしょう。高い所では,0.05気圧近くにも達したと推定されます。

 星雲ガスの主成分は分子水素です。水素は還元剤ですから,基本的に酸化物の惑星物質と良く反応すると予想されました。問題は,真空蒸発の時と同様に蒸発と凝縮の絶対速度を分離して測定する方法があるか,です。これは,一見困難でした。何故ならば,反応ガス(水素)を固体に衝突させると同時に,反応で生じた生成ガスだけを固体表面近傍から分離することは相矛盾するからです。しかし,簡単なテクニックによりこの問題は解決されました。特殊形状の反応容器(図4)を真空炉で用いればよいのです。詳細は省略しますが,気体―固体間(液体でも良い)で生ずる正逆両反応の絶対値を求める方法が確立したのです。

 水素と橄欖石( Mg2Si4;岩石質惑星の代表的鉱物)の反応実験により,固体と反応するガスは,反応温度において分子水素の 1/1000 しか存在しない原子水素であると判明しました。一方,逆反応即ち凝縮では,水酸基ガス(OH)が反応を律速することが解りました。さらに真空蒸発との比較から,星雲の全圧 10-8 気圧以下では熱分解蒸発が,それ以上では原子水素との反応が支配的になるという重要な結論が得られました。



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◆同位体質量分別―蒸発過程

 元素が蒸発又は凝縮する際,同位体分別が起こります。気相と凝縮相を往来する分子に含まれる元素に幾つかの同位体が存在する時,分子の移動速度の違いが原因となって一般に分子の質量差に比例した程度の同位体分離が生じます。これを,質量依存同位体分別と言います。隕石中の粒子には,他に比べて4%近くも重い方の同位体に富むものがあります。その効果は,酸素,マグネシウム,シリコンに顕著に現れています。

 実験により,真空蒸発でも水素との反応蒸発でも,元素の量が元々の10%になるまで蒸発を続けると,残った元素には重い同位体が約4%余分に濃縮することが解りました。このことは,原始太陽系内に著しい高温の環境があったことを示唆します。



◆空間分離―原始太陽系のダイナミクス

 最後に,元素・同位体の分別過程は,ガスと固体(液体)に別れた部分を,再び元に戻らないうちに分離しなければ完結しません。もし急冷すれば,ガスは独立の固体微粒子として凝縮し,共存する固体粒子と一緒に,異なる鉱物・組成・同位体比をもつ固体粒子の集合体,即ちコンドライト隕石を構成できるでしょう。

 しかし,隕石毎に,また惑星毎に異なる鉱物・組成・同位体比を説明するには,ガスと固体を空間的に分離するダイナミクスが原始太陽系で大規模に働いていなければなりません。原始星近傍の円盤状星雲から両極方向に高速で吹き上げる巨大ガス流の観測は,恐らくこれを解決する鍵でしょう。

(はしもと・あきひこ)



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