No.212
1998.11

ISASニュース 1998.11 No.212

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第1回 宇宙からの赤外線をとらえる

村上 浩 

 ISASニュースでは,ガンマ線から電波まで,電磁波を捕らえるセンサーについて,御紹介して行くことになりました。今月は赤外線センサーのお話です。

 赤外線センサーと一口に言っても,化学分析,軍事用や消防用,あるいは最近では遺跡からの出土物の分析など,いろいろな種類のセンサーが様々な用途に使われています。宇宙科学研究所では人工衛星や気球に積んだ赤外線センサーで天体観測を行っています。ここでは天文学用途のセンサーについてお話することにしましょう。天文学は,おそらく最も高感度の赤外線センサーを必要とする分野です。

 天文学における赤外線観測は,比較的低温の天体を見ることを得意としています。星で言えば赤色巨星や,褐色矮星(小さすぎて核融合反応を起こすことができず冷えてゆく一方の星です)などが得意分野です。また星間ガス中の様々な原子や分子も特定の波長の赤外線を放射しますし,ガス中の微粒子(宇宙塵)も赤外線を放射します。このような放射の観測から,暗黒星雲の中で星が生まれている現場を観測したり,惑星の元になった塵が星の周りを取り巻いているのを観測したりすることができます。また大量のガスの中で多くの星が作られている,生まれたての銀河を見つけることもできるのでは,と期待されています。

 赤外線は,可視光と電波の中間の波長(1ミクロンから1ミリ付近まで)の電磁波で,可視光や紫外線と比べるとエネルギーが小さく,化学反応を起こすような力はありません。赤外線を浴びても日焼けもしませんし,大部分の赤外線はフィルムを感光させることも出来ません。ですから赤外線写真を撮るには別の手を考える必要があります。

 赤外線ヒーターや,備長炭でお馴染みの「遠赤外線」を思い出していただければわかるように,赤外線はものを暖める力は持っています。そこで温度計があれば赤外線がやって来ていることを知ることが出来ます。これが赤外線の発見以来用いられてきた最も伝統的な方法です。天体観測でもボロメータと呼ばれる熱センサーが使われています。マイクロマシニングと呼ばれる技術を使って,小さな温度計が沢山並んだセンサーなども作られようとしています。このタイプのセンサーは低温になるほど感度が高いため,天体観測用の高感度ボロメータは絶対温度で0.1度付近に冷却して用いられます。天文学の分野では,このような熱センサーは,波長が1ミリに近い非常にエネルギーの小さな赤外線に対して用いられています。

 もう少しエネルギーの高い,200ミクロン以下の波長域では,高感度で使い易い半導体センサーを使うことが出来ます。普通のビデオカメラにはCCDと呼ばれるセンサーが使われていることは御存知だと思います。シリコンで作られたこのセンサーは,残念ながら波長1ミクロン以上の赤外線には感度がありません。この種の半導体センサーでは,電子は光のエネルギーをもらって,“バンドギャップ”を飛び越え,自由に動けるようになって電流を流します。シリコンの場合には,波長1ミクロン以上の赤外線ではエネルギーが小さすぎて,電子は自由になれません。そこで赤外線に対しては別の半導体が使われます。5ミクロン以下の波長で天体観測に最も良く使われるのがインジウムとアンチモンの化合物です。この化合物半導体を使ったセンサーでは,可視光のCCDセンサーと同じように,画素数が100万を超えるような素子が作られるようになりました。

 5ミクロンを超えて40ミクロン付近までの赤外線には,シリコンに様々な不純物を混ぜたものが使われます。不純物原子が持つ電子は,小さなエネルギーで自由に動けるようになるため,長い波長の赤外線にも使うことが出来ます。現在天体観測用に最もよく使われるのは,シリコンに砒素を混ぜたもので,28ミクロンよりも短い波長に感度があります。

 波長50〜200ミクロンでは,今度はゲルマニウムに不純物を混ぜた材料が使われます。天体観測に最もよく使われるのはガリウムを不純物として用いたセンサーで,国産のセンサーが大変高い感度を持っています。

 さて,波長が200ミクロンを超えると,もうシリコンもゲルマニウム使えません。そこで最初に説明したように熱センサーが使われる,というわけです。

 最近半導体技術はすばらしい勢いで発展しており,このような技術から新しいタイプのセンサーが作られる可能性も残っています。将来は可視光のCCDセンサーのような画素数の多いセンサーがどの波長でも使えるようになって,天文学の研究もずっとやり易くなるでしょう。

(むらかみ・ひろし)



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