No.212
1998.11

ISASニュース 1998.11 No.212

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宇宙輸送のこれから(9) 

化学推進を超えて


都木恭一郎  

 という実に大それたお題を頂戴いたしました。電気推進を専門にしている人々にとっては昔から「化学推進を超えて」という意識を持つことが当り前でした。宇宙輸送と言えども反動推進原理に頼るこの数十年なり数百年にあっては推進エネルギーをどうやって調達し,推進剤をどうやって高速で噴出するかというテクニックこそが研究開発の真骨頂だからです。しかし今日のように,電気推進が使えるかもしれないなどという一つの見識を多くの人が持つに至るには「幸山の百匹目の猿」未満の状態が延々と続いて来た訳で,同時多発性の啓蒙などは望むべくもありませんでした。もとより輸送系は大量輸送や高速輸送といった運ぶという物流それ自体が第一目的の事もあれば,何をいつまでにどこまで運べるからなんぼと言う「一歩前へ!」式の発想が功を奏する事もあります。化学推進はこれまで大手物流の考えでやってきていますから,積み荷に対しては「乗れるように造って来い」でした。それで誰も文句は言えません。電気推進はどうしても後発だったので化学推進ができることに一つ一つ対抗していたのでは商売上がったり,「重量が思いっきり節約できますよ」という一所懸命さでようやくミッションを獲得させていただいた次第です。似たような事がこれからの輸送系なり推進系を考える出発点のようにも思えます。

 我々が今,最も力を入れている電気推進の一つはマイクロ波放電型イオンエンジンです。イオンエンジンというのは古くはイオンロケットと称され,A・スツーリンガーなどが描いた火星探査船の想像図が少年少女本に掲載されておりましてご覧になった方も多いのではないかと思います。MUSES-C小惑星探査ミッションで採用予定のイオンエンジンは決して巨大なものではなく直径約10センチ1台当たりの電力が最大350ワット,推力が7ミリニュートン程度のものでこれが複数台搭載される予定です。推進剤としては希ガスの仲間であるXeを用い,比推力は3,000秒近く化学推進のほぼ一桁上を行きます。ただし,イオンエンジンというだけなら日本の静止衛星の南北制御や米国が先頃打ち上げたDS-1等にも既に搭載されています。がそれらはグロー放電型であってマイクロ波放電型ではありません。これまでイオンエンジンでは電極を用いたグロー放電でイオンを生成するのが主流でした。これに対し無電極であるマイクロ波放電を利用したイオン生成では耐久性を律する電極部品が存在しないため寿命を伸ばすことが容易になります。昨年(1997年)の2月以来マイクロ波放電型イオンエンジンの地上での耐久試験が継続されていますが,性能劣化も無く年内には1万3,000時間の長寿命を立証する見込みです。

 さてここ5年ばかりは ISS が象徴するように目先が忙しいのと世相や景気に今一つの感が有ります。しかし,宇宙輸送のその先は百花繚乱の時代であれと思います。より安く,より安全に,より遠くまで,より良い環境を提供する輸送系が次々と考案され濫立可能になるのではないでしょうか。化学推進は更に多くのバリエーションが登場するに違いありませんが,非化学推進を考えただけでも電気推進を初め,既に昨年デモンストレーションを終えた米国ライトクラフトのレーザ推進直接打ち上げ,原子力ロケット,レーザ核融合ロケット辺りまでが大学や研究機関で実験を伴うに十分な射程距離に捕えられています。また机上の概念検討ではありますが昨今ではスカイジェット,マグセイル,対消滅型反物質ロケット,空間歪み推進に至るまで次世代推進系検討会の議題に上っておかしくない雰囲気が整いつつあるようです。やがて惑星間探査が可能になるに連れその次には恒星間探査が視野に入って来るというのは実に自然な成り行きと思います。宇宙輸送の来し方行く末を考えると化学推進を超えてというよりは推進系はその是非はともかくも遠からず濫立の一時期に突入するような気がしています。

実験室で作動中のマイクロ波放電型イオンエンジン。

(とき・きょういちろう)



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