No.210
1998.9

<研究紹介>   ISASニュース 1998.9 No.210

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スペースデブリ問題

航空宇宙技術研究所 戸田 勧  



1. はじめに

 スプートニク号以来これまでに4,000回以上の打ち上げが行われ,20,000ton以上の人工物体が宇宙空間に打ち上げられてきた。多くは大気圏に再突入して燃え尽きているが,現在でも約4,500tonが人工物体として軌道上に存在している。内訳を見ると,運用中の衛星は僅か約5%であり,残りはミッション終了後の衛星,ロケットの上段,それらが破壊して生じた破片や塗料欠片等からなる宇宙のごみ「スペースデブリ」となっており,デブリとの超高速衝突の防御と回避は人工衛星,特に国際宇宙ステーション(ISS)及びスペースシャトルの設計と運用上の大きな技術課題となっている。

 デブリ問題の本質的な解決には
1) 環境計測とモデル化,
2) 衝突からの防御,
3) 発生防止,
の三つのアプローチが必要である。航空宇宙技術研究所では平成年以来宇宙科学研究所をはじめ,国内外の関連機関との密接な連携のもとに超高速衝突防御技術に関する研究を進めてきたが,デブリ問題の解決に総合的に取り組むために,平成10年度から年間の予定で,特別研究「宇宙環境安全・利用技術に関する総合的研究」を実施している。ここでは,最近のデブリ環境とこれまでの研究成果の一部を紹介する。



2. 地上観測によるデブリ環境の現状

 人工物体を定常的に観測しているのは米国の宇宙監視網 (SSN:Space Surveillance Network)とロシアの宇宙監視システム (SSS:Space Surveilance System)である。両者共ほぼ同等の観測の能力を持ち,レーダーと光学望遠鏡により10cm以上の大きさの物体を観測可能である。観測した人工物体について,打ち上げ国,軌道要素データ等が完全に同定できたものについては,番号をつけてカタログ化しており,1998年8月6日現在,米国宇宙監視網で追跡されているカタログ化人工物体の個数は8,805個(運用中の衛星約500個を含む)である。この他に観測はされているがカタログ化されていない人工物体が約1,000個あり,米国はそれらのカタログ化を重点課題としている。

 シャトルとISSの安全運用のためには1mm〜10cm領域の環境を明らかにする必要があり,NASA1990年以来Haystackレーダーによる観測を継続して実施している。これは周波数10GHz(波長3cm)のレーダーで北緯42゜に位置し,高度1,000km1cmオーダーのデブリを観測可能である。観測の結果,高度850kmから1,000kmの領域に新しいデブリ生成源が存在することが明らかになったが,検討の結果,ロシアの海洋偵察衛星(RORSAT)の原子炉から漏洩したNaK液滴であると推定されている。また,NASAは観測精度を更に上げるために1994年からHaystack補助レーダ(HAX)で観測を実施している。

 現在のところ,1cm〜10cmのデブリは10万個1mm〜1cmのものは3,500万個程度存在すると推定されている。空間密度は高度によって異なっており,850km1,000km1,500km近傍にピークがある。1,500km以上になると,高度とともに密度は減少するが,準同期軌道と静止軌道付近に鋭いピークが存在する。

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 観測によるデブリ環境の正確な理解は,デブリ問題を考える上で出発点となる最も基本的な事項ではあるが,米露の防衛予算の縮小で観測施設の閉鎖が予定されていることもあり,世界の研究者間で低軌道のレーダ観測と静止軌道の光学観測を国際共同キャンペーンとして実施する計画が進められている。この様な状況に鑑みて,我が国でも2003年までに光学望遠鏡,レーダーからなるデブリ観測専用施設を岡山県に建設する計画であり,現在,技術仕様を検討中である。



3.SFUの衝突痕

 地上からは観測できない1mm以下の微小デブリの環境は回収衛星やシャトルの表面に残された衝突痕を詳細に分析することによって推定されている。これまでSolar Max衛星,LDEF,ハッブル望遠鏡の太陽電池パネル,EuReCa等の分析結果が微小デブリ環境の推定に大きく寄与してきた。現在,SFUの衝突痕検査が関連機関の協力の下に航空宇宙技術研究所で行われている。直径200μm以上の衝突痕が約500個検出されており,各衝突痕に付着した残留物の化学分析によって,衝突粒子がデブリであるかメテオロイドであるかを同定し,地上較正試験により衝突粒子と衝突痕の相関データを求めることによって,SFU軌道での微小デブリ環境を推定することができる。SFUの軌道はLDEFEuReCa, ハッブル望遠鏡の軌道と類似しているため,SFUの分析結果はデブリ環境の時間的変化の検討に有用である。図1SFUの二つのペイロードユニット表面の多層断熱材(MLI)と銀蒸着テフロン(SSM)における衝突フラックスとLDEFの衝突フラックスであり,SFULDEFのフラックスはほぼ同様の傾向を示していることが分かる。



図1 SFU及びLDEFの衝突フラックス

4. 超高速衝突破壊と防御設計

 デブリが衝突するときの相対速度は低軌道では最大16km/s,平均で10km/sとなる。この様な超高速衝突から宇宙船を防護するために,宇宙船を重壁構造にして外壁で衝突物体を破砕して衝突エネルギーの一部を吸収するとともに,残留衝突エネルギーを分散させて後壁を防護する考え方は1940年代Whippleによって提案されたものであり,Whippleバンパーと呼ばれている。防御効果のあるバンパーを設計するためには,まず超高速衝突による構造要素の破壊様式の解明が必要になる。図2に,デブリを模擬した円柱状のプラスチック飛翔体をアルミ合金2024-T351ターゲット板(板厚38.9mm22.2mm)に衝突させた時のCT画像と次元衝撃解析コードによる数値解析結果を示す。図の上段はレールガン(宇宙科学研究所)で約1gの飛翔体を7.5km/s,中段は段軽ガス銃(東北大学)で約3.5gの飛翔体を4km/s,下段は段火薬銃(京都大学)で約14gの飛翔体を2km/sに加速して打ち込んだ実験結果である。板厚22.2mmのターゲット板の貫通孔,及び38.9mmのターゲット板前面に生成されたのはクレーターの形状及び大きさともつの実験ケースでほぼ同一であることが分かる。これはつの実験で飛翔体の運動エネルギーがほぼ同一であるためであり,運動エネルギーは破壊様式を支配する主要な因子であることを示している。一方,38.9mmのターゲットの後面を見ると衝突速度7.5km/sのときのみ反射引張応力によるスポール破壊が生じて次デブリを生成している。これは,衝突速度もまた重要な支配因子であることを意味している。超高速衝撃破壊現象を支配するその他の因子として,ターゲットの材質,飛翔体の材質と形状等があり継続して研究を行っているところである。更に,低軌道におけるデブリの平均衝突速度10km/s以上の速度領域における衝突実験を行うために,インヒビター付き成型爆薬法も研究開発中であり(図3),現在,アルミニウム・ライナーを用いて真空中で推定質量が約2gの先端ジェットを約11km/sで射出することが可能になっている。図4は先端ジェットの線画像と数値解析結果である。数値解析結果はジェットが中空状態であるという実験事実を明確に裏付けている。
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図2 超高速衝突実験と数値解析



図3 成型爆薬試験装置

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 この様な各速度領域における衝突破壊データを利用して防御バンパーを設計することになる。ISSでは1cm以下のデブリとメテオロイドの衝突はバンパーで防御する方針であり,居住モジュール,JEMの圧力モジュールには補強Whippleバンパーが採用されている。一方,直径10cm以上の大型デブリとの衝突は,シャトルと同様に,SSNからの警報を受けて軌道変換によって回避する計画であり,スラスタによって1m/s以下の速度で高度を上げてデブリとの衝突を避けることとしている。また,その際に生ずる微小な加速度はISSで実施される実験の擾乱となるため,デブリ回避軌道変換は1年6回以下とする方針であり,更にデブリ回避作業が必要な時は出来るだけ定常的な軌道保持作業を早めて実施して代替する方針である。10cm以上のデブリ衝突は軌道変換で回避し,1cm以下のデブリ衝突はバンパーで防御するとして,この間のデブリ衝突防御戦略の確立が急務であると考えられている。



図4 先端ジェットの形状

5. おわりに

 日米欧の宇宙開発機関はデブリの新たな発生を可能な限り抑制するよう努力してきた。ミッション終了後の静止軌道衛星は300km位上方の廃棄軌道にリオービットすることに努め,使用済み上段ロケット及びミッション終了後衛星の自発的爆発防止のために残留燃料の排出,不活性化等の技術を確立し実施してきた。また,衛星分離後の上段ロケットを出来るだけ早く(25年以内に)大気圏に再突入消滅させる技術対策も試みられているが,1997年1月にはDeltaロケット2段の燃料タンク(250kg)と気蓄器(30kg)がほぼ完全な姿でテキサス州ジョージタウンに落下した例もあり,大型デブリを大気圏に再突入させて燃焼消滅させる方法や,安全な場所に誘導落下させる方法等は今後の重要な研究課題である。また,IridiumTeledesicといった衛星コンステレーションのデブリ防止対策も緊急な課題として浮上してきている。  関係各位の努力によりデブリ問題に対する関心と重要性の認識は高まりを見せているのは確かであるが,以上述べたように,まだまだ未解決の技術課題が山積しており,本問題の抜本的解決への道は遥かに遠いというのが実感である。本小文が読者の興味を喚起し,研究基盤の拡充に何許かでも寄与できることを願っている。

(とだ・すすむ)



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