No.210
1998.9

ISASニュース 1998.9 No.210

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エルサレム紀行

稲富 裕光   

【行ってくるぞと勇しく!】
 第12回結晶成長国際会議に参加するため,7月26日から8月31日の間,イスラエルのエルサレム(イスラエル人の都の意)に滞在した。エルサレムに最寄りのベングリオン空港への日本からの直行便は無いため,ドイツのフランクフルト経由で往復した。イスラエルは一般には危険な国とされ,実際,テロ活動に関する報道をよく耳にする。そういう経緯からか,出国前に多くの知人から“くれぐれも無事で帰ってくるように”と激励(同情?)された。

【異邦人】
 ベングリオン空港からエルサレム市内のホテルへと高低の有る荒れ地をタクシーで走り抜けていくと,目にした建物の殆どは白い直方体であり,風土の違いを早速感じ始めた。ホテルでの朝食,昼食は主に野菜,果物,魚の酢漬け,卵,乳製品であった。さすがに夕食ぐらいは肉やビールを味わおうと思い,ドイツの友人達と共に繁華街へ繰り出した。そこでも銃を手にした軍人は見受けられたが,予想に反して穏やかな雰囲気に包まれていた。学会主催の半日の遠足では,エルサレムから死海,マサダ(要塞の意)遺跡へと観光バスで行った。死海は,その名前の由来がヨルダン川から水をため込むがその出口が無いためとも,その高い塩濃度のため魚が住めないためとも言われている。炎天下のもと,死海のような飽和濃度に近い食塩水中にいては,まるで鍋でダシを取られているような気分になった。平泳ぎをしてみようと思ったが,腰が丸ごと水面上に出てしまい,全く泳げない。水が目や口に入ると大変で,結局ラッコのような格好でじっと浮いているしかないのだろう。マサダ遺跡は死海のすぐそばにあり,ここは紀元70年にローマ軍により追いつめられた900人余りのユダヤ人が篭城し自決した所として知られている。ロープウェイで大きな岩山へと登る訳だが,頂上に到達するとここにかつて人が生活していたとは思えないような崩れた建物跡と瓦礫があるのみ。異邦人の私は歩きながら自然とPeter, Paul and Maryの“花は何処へ行ったの?”を口ずさんでいた。マサダ遺跡からエルサレムに戻る途中,ベドウィン(アラブ系遊牧民)の集落で夕食となった。大きなテントの中で族長(?)が昔の生活はああだった,こうだった,と身振り手振りを交え語り,聞き手である我々はアラファト議長の写真等でお馴染の大きな手ぬぐいと鉢巻きの様なセットを頭に載せて話に耳を傾ける,そんな演出もあった。その一方で,砂漠には不釣り合いな程の近代的なトイレ設備があり,用を足しながら,ここはイスラエルの日光江戸村みたいな所かと得心した。やがて夜が更けゆくと,地上ではきらびやかなベリーダンスがつるし電球の薄明かりの下で繰り広げられ,空を見上げると,昔のユダヤ人やローマ軍も見たであろう綺羅星が全天に広がっていた。笑われるかもしれないが,この地には儚い地上の生の空間と悠久の無機的空間との境界が頭上すぐそばに存在するような感覚にとらわれた。思えば遠くへ来たもんだ。

【帰国はつらいよ?】
 さて,帰国の段。多くの旅行ガイドブックに,イスラエル入国は簡単だが,出国は空港での手続きが難しいと書かれている。例えば,

1) 宿泊ホテルの窓から何が見えたか等,滞在での見聞を詳細に説明させられる,
2) 同じ質問を2,3人の係官が入れ替わり立ち替わりで行い,話のつじつまがあっているかを確認される,
3) 荷物の中身を全て取り出される,
4) ホテルの領収書などを提示させられる,等々。

私の場合,女性の係官が1名,簡単な質問を5分程度,マニュアル通りに質問したのみである。但し,気持ちに余裕を持つため,搭乗3時間前にはチェックインしておくのが良いだろう。人によっては再チェックのため何処かへ連れて行かれたようである。迅速にチェックを済ませるためのコツは,

1) 英語で書かれた旅行スケジュール表を帰国前に用意しておく,
2) 学会で発表した場合は,プログラムをすぐに鞄から取り出せるようにしておく,ことだろう。
特に,
1) 宿泊ホテル名,行動範囲とその時刻をも書き込んでおくのが良い。
学会で何を発表したのかと質問された同業者のアメリカ人は,いきなり鞄からOHPシートの束を取り出して片っ端から説明を始めていた。仕事上の成り行きとはいえ気の毒に,とその係官を横目に見ながら私は出発ゲートへと向かった。こうしてまた私は日常生活に戻って行った訳である。

(いなとみ・ゆうこう)


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