No.207
1998.6

<研究紹介>   ISASニュース 1998.6 No.207

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小惑星の分布とダイナミックス

   宇宙科学研究所  吉川 真



◆注目され始めた小惑星

 小惑星というと,「火星と木星の軌道の間にある小さな天体」で,あまり目立たない“脇役”的なイメージが強かった。確かに,肉眼では普通見ることができないし,望遠鏡を通して撮影しても小惑星は点像(あるいは線状)にしか写らない。惑星や彗星などとは違って,地味な存在である。

 しかし,ここのところ,小惑星についての状況が大きく変わりつつある。まず,発見される数が非常に多くなった。最初の小惑星である Ceres (ケレス)が発見されたのが1801年の日のことであるが,それから約200年が経とうとしている現在,軌道が正確に求められている小惑星の数は9,000個にも達する勢いである。さらに,精度はよくないが一応軌道が求められているものを含めると,その数は万個にものぼる。

 もうつ最近の特徴としては,レーダーによる観測や探査機による写真撮影によって,小惑星の“素顔”を見ることができるようになったということがあげられる。今までは小惑星が星を隠す現象(掩蔽)の観測を行うことで,小惑星の形(ある方向から見た投影)を求めるのがやっとであった。ところが,レーダー観測や探査機による観測が行われ始めたことによって,小惑星の正確な形状や表面の様子が分かるようになってきたのである。想像されたように,小惑星は宇宙に浮かぶ巨大な岩の塊であった。  筆者は今まで,小惑星の軌道の力学的進化を調べるということを行ってきたが,ここでは小惑星の力学について主要な点について紹介することとしたい。


◆小惑星の分布

 発見される小惑星の数が増大するにしたがって,小惑星が存在する領域もどんどん広がってきている。確かに大部分の小惑星は火星と木星軌道の間の小惑星帯に存在しているのだが,現在では,水星軌道の内側に入り込むような小惑星から,冥王星軌道付近にあるもの,そしてさらにはるか遠方にまで達するようなものまでが発見されているのである。

 図に,木星軌道付近までの小惑星の分布を示す。この図を見ると,小惑星が太陽および内側の惑星を取り囲んだ巨大な“ドーナツ状”に分布していることがわかる。ただし,この図では天体の大きさが非常に誇張されていることに注意しなければならない。実際の小惑星帯は,この図から受ける印象とは逆に,非常に“すかすか”である。

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図1 小惑星の分布(黄道面に投影)
ここでは約3,7000の小惑星がプロットしてある。軌道は惑星軌道で,水星軌道から木星軌道が描いてある。

 図に示されている小惑星帯について特徴的なことは,木星軌道から約1.5AU (AU:天文単位),火星軌道から約0.5AU ほど距離をおいているということである。これは,仮に小惑星が火星や木星に接近しやすい軌道にあるとすると,その運動がかなり不安定となり,長期にわたって同じ軌道に存在することができないということによる。ただし図見ると,木星軌道上で木星の前後や太陽を挟んで正反対の位置に小惑星の群がある。一見すると,これらの小惑星は木星と衝突しそうであるが,実はそうはならない。その理由は,これらの小惑星の運動が木星と共鳴関係(後述)という特別な関係になっているためである。つまり,小惑星帯は力学的には安定な領域と考えてよいのである。


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◆運動の特徴

 前述したように,小惑星が発見されてから200年にもなろうとしているので,その運動についても数多くの研究がある。ここでは,「共鳴」と「カオス」をキーワードとして小惑星の運動を紹介することにする。



<共鳴現象>

 小惑星は,太陽のまわりをケプラー運動している。小惑星間の引力は小惑星同士が非常に接近しない限りは無視できるので,小惑星は太陽と惑星の引力を受けて運動していることになる。惑星からの引力もかなり接近しない限りはその影響は小さいので,通常は小惑星の軌道の変化も小さい。それでは,小惑星の運動を調べても何ら面白くないように思われるかもしれないが,実はそうではないということが比較的最近分かってきた。小惑星の運動には,各種の「共鳴(レゾナンス)」と呼ばれる現象が起こって,軌道が大きく変化することがあるのである。

 最も分かりやすい共鳴は,「公転運動における共鳴」である。これは,例えば木星との共鳴を考えると,木星が太陽のまわりを公転するときに小惑星がちょうど公転するようなものである。この場合,平均の角速度を考えると小惑星:木星が3:1になっているので3:1の共鳴という。このように角速度の比が簡単な整数比となる共鳴が重要なものである。

 このことは,小惑星の軌道長半径(楕円軌道の長径の半分の長さ)の分布を見ると明らかである。図2にその分布を示すが,小惑星帯(軌道長半径で2AU から 3.5AU )では4:13:15:27:32:1の共鳴が起こるところには小惑星がほとんど存在していない。この分布の間隙のことを発見者の名前をとって「カークウッド・ギャップ」と呼んでいる。また,小惑星帯の外側から木星軌道( 5.2AU )にかけては,小惑星の数が非常に少なくなるが,今度は小惑星が存在しているところが3:24:31:1の共鳴に一致しているのである。これらの共鳴にある小惑星を,「ヒルダ群」,「チューレ群」,「トロヤ群」と呼んでいる。

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図2 小惑星の軌道長半径の分布
公転運動において木星と共鳴が起こる位置が示してある。

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 共鳴が起こる領域が小惑星帯ではギャップとなって小惑星が存在していないのに,小惑星帯の外側では群として集中しているのは不思議である。これは,それぞれのレゾナンスにおいて小惑星の軌道進化が異なることのよる。ギャップとなっているレゾナンスでは,もともとの軌道が円形に近いものであっても細長い楕円形にまで変化する。そのときには,内側の惑星と軌道が交差するものになるため,惑星と衝突したり惑星に非常に接近したりすることで元の軌道から除かれてしまうのである。これに対して,群のところでは,最初の軌道の形が円形に近いものであれば軌道の形があまり変化せず,かつ木星との接近もうまく避けることができるため安定に存在しているのである。

 実際は,同じ共鳴でも軌道条件の違いによって小惑星の軌道進化は非常に異なることになる。共鳴状態にあると,小惑星の軌道進化は非常に複雑になるのである。なお,この公転における共鳴現象にともなう軌道の変化のタイムスケールは数千年から数万年である。

 この公転周期の共鳴に加えて重要なものに「永年共鳴」というものがある。これは,簡単に言うと,例えば惑星軌道の近日点の動きと小惑星軌道の近日点の動きが一致するような時に起こる共鳴である。同様に軌道の昇交点の動きについても永年共鳴が起こる。小惑星帯で重要な永年共鳴として,永年共鳴 ν6というものがある。これは小惑星の近日点の動きが土星の近日点の動きと一致するときに起こるものであるが,この共鳴にあると小惑星の軌道の形が大きく変化することが知られている。また,永年共鳴 ν16というものがあるが,これは小惑星の昇交点の動きが木星と土星の昇交点の動きと一致するものである。この場合には,小惑星の軌道傾斜角が大きく変化することが知られている。

 この永年共鳴も小惑星の分布には影響を与えている。永年共鳴の位置は軌道長半径,軌道離心率,軌道傾斜角のつの関数として決まるのであるが,例えば軌道長半径と軌道傾斜角の平面上にそのおおよその位置を描いてみると図のようになる。永年共鳴が小惑星分布に大きく影響しているようすが分かる。永年共鳴の場合,軌道変化のタイムスケールは数十万年から百万年くらいである。(図には「族」というものも描かれているが,ここでは説明を省略する。)

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図3 小惑星の軌道分布と永年共鳴
小惑星の軌道長半径(AU)と軌道傾斜角の分布と,永年共鳴の位置および代表的な「族」が示してある。

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 さらに,「古在共鳴」と最近になって呼ばれるようになった共鳴がある。これは,小惑星軌道の近日点の位置が惑星の軌道面から最も離れたところ付近に固定されるものである。この共鳴は,小惑星を惑星にあまり接近しないようにするものであり,小惑星軌道の安定化につながるものである。

 このように,小惑星帯には各種の共鳴が存在しており,これらは小惑星の軌道進化に大きな影響を与えている。もちろん,共鳴は小惑星帯でのみ起こるものではない。小惑星帯には多数の小惑星が存在しているために共鳴の影響が目立つが,太陽系の至る所にこのような共鳴が存在する。小惑星が太陽系中に発見されてきているので,小惑星帯以外にある共鳴も今後注目されてくるものと思われる。



<カオス>

 小惑星の軌道進化を考える場合,「カオス」という現象も重要である。ここで言うカオスとは,初期条件の小さな違いによって将来の軌道進化が大きく異なってしまう現象のことである。

 小惑星の力学においては,カオスの原因としては種類存在する。つは,上記の各種の共鳴に伴うもので,特に小惑星が共鳴領域の境界付近にあると運動がカオスになる場合が多い。この場合,共鳴状態になかったものが突然共鳴状況に入って軌道が大きく変化するというような現象が見られる。

 もうつのカオスの原因は,小惑星が惑星に非常に接近するような場合である。このようなクロースエンカウンターが頻繁に起こるような小惑星については,軌道進化を予測するのが難しい。一般に彗星についてはこのような性質を持っているものが多いのであるが,小惑星でも火星軌道の内側まで入り込むようなものについては惑星に頻繁に接近するものが多く,そのために運動がカオスになっている。つまり,地球に接近するような小惑星の軌道進化は,長期的に正確に予測することが難しいのである。


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◆今後の発展

 以上,簡単に述べてきたように小惑星については,様々な力学的な特徴がある。最近の計算機の発達によって,小惑星の軌道進化はかなり理解されてきたが,まだ解かれていない問題も多い。特に今後の大きなテーマのつは,太陽系の年齢に匹敵するようなタイムスケールで軌道進化を調べるということであろう。

 周知のように小惑星や彗星のような小天体は,それらが形成されてからあまり大きくは進化していない。つまり,太陽系の起源を探る上で,その鍵を握った天体なのである。MUSES-C によるサンプルリターンのような小天体探査も計画されており,小惑星についての理解が今後ますます深まることを期待したい。

(よしかわ・まこと)


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