No.207
1998.6

ISASニュース 1998.6 No.207

- Home page
- No.207 目次
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 火星探査入門
- 東奔西走
- 宇宙輸送のこれから
+ いも焼酎

- BackNumber

菖蒲月の一日 臼田宇宙空間観測所をたずねて

佐々木 都

 「ねぇ,久しぶりにアンテナにいってみない?」昨日の雨もあがってすばらしいお天気,本音はアッシーがほしくて友人をさそった。

 通称“アンテナ”,正確にいうと「臼田宇宙空間観測所」が出来たのは1984年,早いものでもう15年になる。当時,空気がきれいで飛行機の通過みちでないことなど,いくつかの条件があって全国には3つの候補地があったそうだが,わが町臼田が選ばれたのはうれしいことである。

 このアンテナをつくる時,住民の迷惑にならないよう,登り下りの時間帯を限ったとのこと,そうした配慮が何ひとつトラブルのない工事となったことなど,当時のあれこれを思い出しながら山道をすすんだ。

 アンテナまで我が家から15キロ,道はずいぶん整備されて快調に走る車を,さわやかな風が迎えてくれる。胸いっぱいに吸いこむ空気のおいしいこと!!うす紅い春の色をして芽ぶくヌルデの木,白樺は光る緑にカラ松はさみどりになって,山吹と山桜はいまをさかりの花を咲かせている。山ボウシの白,ボケの紅,よもぎの青,自然は何とおしゃれなのだろう。

 ツッピイツッピイと四十雀,山鳩に鴬が耳近くに啼いていた。今年は雪が多くこの道も1メートルを越える程の積雪に何度も悩まされたとのこと,あちらこちらに雪折れの樹が目についた。

 あっ井戸!車を止めてもらった。古びた小屋もポンプも昔のままだが,こいでみるときしむ音がするだけで一滴の水も出てこなかった。建設工事当初は電気も水もなくて,毎日この井戸からポリ容器6つの水を持ちあげることが一日の仕事はじめだったとのこと,科学の粋を尽くすアンテナもごく原始的なことからはじまった。手を洗う水も大切に大切に扱ったことが出発点であったことに不思議な感慨をもった日のことを友人たちにはなしたことだった。

 走る車をつつむ風が急にさわやかさからひんやりとしたものに変わった。と,いきなり緑の合間から巨大なアンテナがみえた。何度登ってもこの山あいにすっくと立つアンテナをみた瞬間は感激である。さらにいく曲がりかをして現地につく。

 標高1450メートル。そこに東洋一のパラボラアンテナは,まるで五月の青空にはなしかけるようにしてたっていた。宇宙からささやきかける星の声を捉え,内之浦で,アメリカで,ロシアで衛星が打ち上がるたびに大きな役をになってきたアンテナは,いかにも誇らかな顔をしていた。

 現在二棟となった観測所。初代の所長さんは太陽のような面ざしの林先生で,折り紙細工の上手な方だった。丸っこい指先を器用に動かして雀やカモメなどをいとも簡単に折ってみせた。歴代所長さんの中の西村(敏)先生はお酒がつよい方,岡本太郎先生がいらしたとき,革靴をはいたままアンテナの先端まで階段をかけのぼっていったヤンチャな岡本先生に,その夜スライドをつかってびっしりと講義をしていらした。座布団を高く積みあげた上に,どっかと坐ってグラス片手の岡本先生はその時一種の宇宙人的存在だった。おだやかな物腰に遠い深宇宙の話をしてくださった西村(純)先生,みななつかしい先生方である。

- Home page
- No.207 目次
- 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- 火星探査入門
- 東奔西走
- 宇宙輸送のこれから
+ いも焼酎

- BackNumber
 あれはいつだったか,外国のお客様との会食に地元のものをということで鯉料理をおだしした。鯉をさばくところをみていただくのも一興かと,頃合いを見計らって厨房にご案内した。大きな包丁で手に余る鯉の背を押さえつけて頭を叩くとびっくり「ミヤコサン,フィッシュ,トン」そして続けての言葉が「オオ」だったのか「ノオ」だったのかさだかではないが,その後アメリカを往復された先生たちから「フィッシュトン,によろしく」とおことづけをいただいたりもした。

 おとなしい広沢先生はじめいろいろの先生方からそれぞれにたくさんの思い出をいただいた。旅館のおかみならではの特権?にあらためて感謝をしている。

 この日も研究棟の方にご案内をいただけた。屋上にのぼるとさながらパノラマのような山脈,荒船山は雲海のむこうにどっしりと静かに浮かんでいた。室内には各社の科学の最先端の器材が並んでいるのがみえる。そこに面白い(?)といっては失礼だが,何とそれぞれの神棚が祀ってありお神酒が供えられてあった。深宇宙と神様のとり合わせに妙に心打たれた私たちだった。

 外に出るとアンテナの足先には一斉に咲くたんぽぽのじゅうたん,この地にしっかりと根をおろしたパラボラアンテナを象徴しているかのように陽に輝いていた。

(臼田清集館女将 ささき・みやこ)


#
目次
#
Home page

ISASニュース No.207 (無断転載不可)