No.207
1998.6

ISASニュース 1998.6 No.207

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宇宙輸送のこれから(4) 

スペースプレーンによる宇宙への道

棚 次 亘 弘   

 地上から地球軌道に飛行する場合,異なった二つの道が考えられる。一つは弾道軌道で,チオルコフスキー,オーベルト,ゴダード等によって提案され,この方法が実現している。もう一つは空力軌道で,ゼンガー,バリアー等によって提案され,航空機のような形態で軌道に行く方法であるが未だ実現していない。この二つの道が大きく異なる点は「地球の大気(空気)を積極的に利用するか否か」にある。前者は大気の影響が出来るだけ少ない道を選んでいるのに対して,後者は大気を機体の揚力に利用し,更に推進機関の酸化剤として利用している。前者は「ロケット」と呼ばれ,後者は「スペースプレーン」と呼ばれている。

 宇宙輸送機開発の初期にはこのつの方法が平行して試みられたが,1957年にソ連が弾道軌道によって人工衛星の打上げに成功して以来空力軌道による宇宙への道が下火になった。空力軌道の方が技術的に多くの困難な問題を抱えていたことによる。しかし,最近になって空力軌道による宇宙への道が見直されるようになった。それは民間による宇宙開発を促進する場合,コストの低減,安全性,信頼性,乗り心地の向上および環境の保全に重点を置かなければならないからである。これらの要求に応えるにはスペースプレーンによる空力軌道の方が優れた点が多い。

 「スペースプレーン」と「ロケット」の大きな違いは離着陸の方法にある。ロケットはほぼ垂直に打ち上げられるが,スペースプレーンは飛行機と同様に滑走路から水平に離陸し,ロケットより小さい加速度で上昇でき,乗り心地が改善できる。また,水平離陸方式では離陸や上昇中の故障に対して回避が容易になる。更に,スペースプレーンは宇宙から帰還する場合も滑走路に水平に着陸し,機体を全て再使用することが容易になる。これによって輸送コストを低減でき,貴重な資源と労力を浪費することがなくなる。

 従来のロケットの飛行状態を見ると,高度50kmまでの大気圏内で全推進剤の約 60 80 %を消費している。スペースシャトルの場合,全重量の約67%が液体酸素で占められている。このことから飛行中に大気中から空気を吸い込み,酸化剤として用いることによって宇宙輸送機の重量を大幅に軽減できることが分かる。このような空気吸い込み推進方式はロケットよりスペースプレーンの方が容易に利用できる。

 以上のようにスペースプレーンはロケットに比べて有利な点が多いが,現在のところ実用化には到っていない。これは空気中を高速度で飛行することに伴ういくつかの困難な問題によるものである。それは空力加熱や空力抵抗の低減および大気中から空気を効率よく取り込む方法である。また,吸い込んだ空気を有効に推進力に変換する推進エンジンにも困難な問題がある。

 宇宙科学研究所ではスペースプレーンに用いる推進エンジンの基礎開発研究を進めている。スペースプレーンに応用可能な空気吸い込み式推進エンジンとして多くの形式のものが提案されているが,宇宙研では比較検討の結果エアーターボラムジェット( ATR ) エンジンを選択した。ATR エンジンは低速飛行ではファンを用いて空気を吸い込み,高速飛行ではエンジンに飛び込む空気圧(ラム圧力)を利用して空気を吸い込む形式の複合エンジンである。宇宙研の ATR エンジンは燃料の水素を空力加熱や自らの燃焼ガスを利用した再生加熱によって加熱し,その熱膨張エネルギでタービンを駆動し,ファンを用いて大気中から空気を吸込むエキスパンダーサイクルある。このようなエンジン形式から宇宙研の ATR エンジンは「 ATREX 」と称している。

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 ATREX エンジンでは燃料の水素は燃焼器内に設けた熱交換器と空気吸い込み部に設けたプリクーラーによって加熱される。特にプリクーラーは重要な役目を持ち,吸い込む空気の温度を下げることによって空気流量を増し,推力を増大し,ファンの駆動力を下げて圧縮行程における中間冷却効果によってサイクルの熱効率を改善できる。ATREX エンジンではタービンをファンの周上に配置したチップタービン構造を採用することによって従来にない軽量コンパクトなターボ機械系になっている。

 宇宙研では1986年から ATREX エンジンの開発研究を開始し,ファン入口径が30cmのサブスケールエンジンを試作して,現在までに45回の地上・静止状態における燃焼試験によってその性能を確認した。

 ATREX エンジンは離陸から高度30kmでマッハ程度までスペースプレーンを加速することができ,その比推力は従来のロケットに比べて10倍程度向上できる。ATREX エンジンは段式スペースプレーンの段目の推進機関に応用できるものとして期待されている。

(たなつぐ・のぶひろ)



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