鶴田浩一郎
SELENE計画は,月の科学観測と将来の月利用の可能性の調査,また,そのための基礎技術の開発を目的に宇宙開発事業団と宇宙科学研究所の共同プロジェクトとして,昨年度「研究」(宇宙研は「基礎開発」)が認められ,今年からいよいよ「開発研究」に入ることになった。事業団で今,開発が進められているH-IIAロケットを使って2003年頃打上げることを目指している。月の全表面にわたって詳細な観測を行うことを目的としており,月の内部構造を調べるLUNAR-Aとは相補的なミッションである。衛星のドライ重量1.3トン強,燃料を含めると2.9トン近い重量のかなり大きな探査機である。衛星本体(母船),推進モジュール,リレー衛星の3つの要素から構成されている。衛星本体は高度100キロメートル,軌道傾斜角95度の円軌道に投入され,蛍光X線分光計,ガンマ線分光計による元素分布の測定,赤外線分光観測による鉱物分布測定,可視カメラ,レーザー高度計,電波サウンダーにより地下構造を含む月面地形の測定,磁力計やプラズマ観測器による月の環境測定が行われる。また,月軌道からの地球磁気圏の撮像も予定されている。リレー衛星はVLBI観測用の小型電波源を搭載する50kg弱の小型衛星で,遠月点高度2400キロメートル,近月点高度110キロメートルの楕円軌道に投入され母船の電波(ドップラー信号)を中継する。これによって月の裏側の重力場を測定することが出来る。推進モジュールは母船による観測が終了した後,切り離されて月面に軟着陸を行う着陸実験機となる。この中にも小さな電波源が搭載されていて,この電波とリレー衛星の電波源からの電波を地上のVLBI局で精密に追跡することによって月の重力係数を高い精度で決めるとともに月の僅かな運動を求める。SELENEは母船搭載の観測機だけでも200キログラムを超え,リレー衛星,着陸実験機を加えると,これまでの宇宙研の科学衛星に比べて大きく複雑なものとなっている。世界的に見てもアポロ計画以降最大の月探査機で,21世紀初頭の月研究の基礎となるデータを取得することになろう。
衛星が大きく月に関する広い問題をカバーしているために参加研究者の数も多い。機関として参加している国立天文台の研究者をはじめ,全国の大学,研究所からの参加研究者の総数は200名を超える規模である。また,事業団と宇宙研といういわば「文化」を異にする二つの実施機関が協力して一つのミッションを遂行するという点でも新しい要素を持った計画である。
新しい大型の計画を新しい枠組みのもとで始めるということで,SELENE計画の初期の段階で,開発目標の設定,開発の進め方,体制についていろいろ議論がなされた。現在我々が持っている月に関する知見から判断して,事業団が目的としている月の利用可能性の調査という目標の達成にも,SELENEを科学ミッションとして成功させることが最善の方策であると考えられた。この認識に立ってSELENEの開発体制は科学観測を最も実のある形で実現することを主眼に考えられた。結果的に現在の開発体制,すなわち,事業団,宇宙研,国立天文台の代表からなる月探査連絡会を上部組織としてその下に実行組織としてプロジェクトチームを作って開発に当たることになった。プロジェクトチーム運営の重要な柱に研究者の主体的な参加を確保するという考えが取り入れられているのもこのような事情による。事業団,宇宙研両組織の理解もあって,プロジェクトチームの活動は当初予想されたよりはるかに円滑に進められてきた。これまでのところ,両組織のいわば「良いとこ取り」をしてきた感がある。これには事業団の長島氏,滝沢氏,宇宙研の佐々木氏,飯島氏といったプロジェクトの中心で活躍している方達の見識と努力に負うところが非常に大きいことも見逃してはならない。