No.206
1998.5

<研究紹介>   ISASニュース 1998.5 No.206

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タフな材料の探求

東京大学先端科学技術研究センター  榎 学



◆はじめに

 材料がその形を保持しその機能を働かせるためには,その材料が一定の力学的特性を有することが必要である。そのための重要な特性として,“強さ”と“タフさ”があげられる。“強さ”は材料強度として知られており,平滑な部材に負荷した際に変形したり破壊したりするときの応力で表現される。一方,“タフさ”は破壊靭性として知られており,材料中に存在するき裂が進展するときの特性を表している。実際の材料はその程度の差ことそあれ,何らかの欠陥を有しており,材料の健全性を保証するためには,どうしても破壊靭性を考慮に入れることが必要となってくる。特に,宇宙ロケット,航空機のように何よりも安全性が要求される構造物にとっては,極限的な環境下でのタフな材料の探求が重要となってくる。また同様に,どの程度の欠陥が実際に存在するかを調べることも材料の使用にあたっては重要であり,すなわち非破壊評価という方法も非常に大切である。そこで,我々の研究室においては,
 (1) 高温材料であるセラミックスの分散粒子を用いた高靭化,
 (2) 金属間化合物の金属との積層化による高靭化,
 (3) それら材料のき裂進展の際のシミュレーション,
 (4) 最終破壊以前の微視破壊現象のAE(アコースティック・エミッション)による評価,
に取り組んでいる。



◆セラミックス複合材料


 セラミックスは高温構造材料として期待されるが,その原子構造に依存する本質的な脆性がその本格的な利用を妨げている。このような脆性材料の高靭化の機構としては,き裂の偏向,き裂面の架橋,微視割れによる応力緩和等いくつかの機構が提案されており,簡単にいえばそれらはいずれもき裂の先端に障害を設けて,き裂の進展を阻止しようとするものである。したがって,多くの場合あるセラミックスに他のセラミックス粒子を入れることにより,高靭化すなわちき裂進展抵抗の向上を図ることが可能である。このような高靭化機構の概念を図に示す。
 このようなセラミックス複合材料の作製にはホットプレスを用いている。所定の量のセラミックス粉末を溶媒中で撹拌した後,それを乾燥させ,さらにホットプレスに入れて,加熱しながら加圧することにより,材料の焼成を行う。この装置を用いることにより,比較的低温で緻密なセラミックスの作製が可能となる。図には,炭化ケイ素に20%アルミナを入れた複合材料の,き裂進展抵抗を示す。図からわかるように,炭化ケイ素単体に比べて複合材料ではき裂進展の抵抗が上昇している。

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◆金属間化合物積層材料

 金属間化合物も軽量耐熱材料として期待されている材料である。しかしセラミックスと同様にその靭性の低さが問題となっている。ただ,TiAl 金属間化合物においては,一つの粒内にγ相とα2相が交互に細かく積層した構造を有する材料が非常に大きな破壊靭性を示すことが知られている。これはγ相とα2相との界面で割れた後に,その微視割れ同士が合体することによりき裂が偏向しながら進展することにより,大きな破壊靭性が得られるためである。しかし,他の系においてはこのような組織が存在しないためセラミックスと同程度の破壊靭性しか示さない。

 そこで,非常に延性的な性質を有する金属と複合化することにより,脆性を克服することを目的として,金属/金属間化合物積層材料の作製を行った。これはセラミックス複合材料を同様にホットプレスを用いて作製する。Ni および Al のシートを交互に重ね合わせて,それをホットプレスに入れる。Al の融点の直下の温度で保持することにより,Ni Al の界面で燃焼合成反応が開始し伝播する。その後 Al が完全に消費され Ni / NiAl 積層複合材料が形成される。さらに高温で圧力を加えることにより内部の空孔をなくす。このときシートの厚さを変えることにより,金属と化合物の組成比を変えた材料が作製可能である。
 図に得られた Ni / NiAl 積層材料の組織写真を示す。Ni および NiAl の層がほぼ等間隔に交互に積層している様子がわかる。これらの材料においてその層を横切る方向にき裂を進展させたときのき裂進展抵抗を図に示す。NiAl 単体の破壊靭性値の8MPa に比べて大きな靭性が得られることがわかる。またき裂が進展するに伴い抵抗が大きくなるカーブ挙動を示している。また Ni 層の割合が大きくなるにつれて,抵抗が大きくなることもわかる。またこれらの挙動はき裂の架橋による高靭化モデルを用いて説明することができる。


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◆き裂進展のシミュレーション



 複合材料をデザインする上で,その力学的特性を予測することは重要である。図は粒子分散セラミックス複合材料におけるき裂進展の様子を示している。この計算においては,界面でのはく離や粒子の割れ等の影響を無視し,また次元のき裂進展のみを考慮しているが,母相と強化相の熱膨張係数差による残留応力を考慮することにより,き裂が偏向しながら進展していくことが計算されている。そしてこのような偏向がき裂進展抵抗の向上をもたらすことも計算でき,このようなシミュレーションが材料設計の上で有効であることが理解できる。


AEによる微視破壊過程評価


 AEは材料内で生じた微視破壊等により放射される弾性波であり,地球内部で生じた断層により地表で観測される地震と非常に類似した現象と考えることができる。したがって,AEを計測することにより,その材料における固有の壊れ方すなわち破壊過程を推定することが可能である。簡単に動的な破壊過程を追ってゆける点が,AEの大きなメリットである。また,AE波形について逆問題解析をすることにより,割れの大きさや破壊モード等を求めることが可能である。
 地震の震源地を求めるのと同様にして,波形の到達時間差からAE源の発生位置を同定することが可能である。図,図はアルミナ粒子で強化したボロシリケートガラスの曲げ試験の際に観察されたAEの発生位置および負荷応力との関係を示す。図においては,多数の微視割れが試験片全面にわたって発生した後破壊している様子がわかる。また図においては,カ所からき裂が進展し破壊に至ることが示されている。このようにAEの位置標定を用いることにより,材料の種類および試験環境の違いによって,最終破断以前に生じる微視破壊過程が大きく異なることがわかる。

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 また,図にはAE逆問題解析の概要を示した。AEセンサーの応答関数および媒体の波動伝播のグリーン関数を求めることにより,発生した個々のAEについてそのAE源について,発生位置,発生時刻,生成時間,大きさ,破壊モードを求めることができる。
にはガラス複合材料の破壊靭性試験中に得られた,割れの大きさの分布をしめす。この図から,どのような単位の割れが支配的であるかを求めることができる。


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◆おわりに

 破壊という現象は,固体が示す性質の中でもかなり複雑な現象であり,長い間研究が行われてきているにもかかわらず,簡単に予測ができない未だにフロンティアな部分を残しており,非常に興味深い現象であると言える。また,力学特性に優れた材料の開発の進展の仕方も必ずしもドラスティックなものではなく,バランスの良い材料を開発するには長い年月がかかることが多い。我々の手がけている材料がいつの日か宇宙空間を旅することを期待して本文の結びとしたい。

(えのき・まなぶ)


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