No.195
1997.6

<研究紹介>   ISASニュース 1997.6 No.195

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ノンウォーターアイスの物性と   
       外惑星系表層物質

   宇宙科学研究所  加藤 學


■はじめに

 ここで言う“ノンウォーターアイス”とはH2Oではない氷のことで,窒素やメタンなど日常(1気圧下,室温)では気体として存在しているものの固体(氷)です。固体を全て氷と呼ぶわけではないので,科学的な呼称として的確ではないのですが,氷点以下の温度で固化した水(みず)氷以外のものを慣習としてこう呼んでいます。これらの気体も太陽系外惑星付近の温度条件では固体または液体として安定に存在するようになります。1979年にボイジャー1号,2号が木星に到着し,木星やその衛星の写真を送って来たとき,衛星イオの火山活動の発見の他,氷で覆われた特徴ある衛星の姿に驚きを覚えたものでした。同時にアメリカの宇宙探査技術の先進性に驚き,我が国でそのようなことが実現する時代がいつくるのであろうか,全てアメリカに探査され尽くしてしまうのではないかと,焦燥感を覚えました。また近年私自身が探査に係わるようになって当時のアメリカの経済力の凄さ(国家的事業であったアポロ計画と同時進行であった)をも実感しています。

 さてボイジャー2号は1986年天王星,89年海王星へ接近し,またまた驚くべき天体表面の素顔を送って来ました。さまざまな表層地形のうち,海王星の衛星トリトンの表面地形は「どの惑星にもない世界」と研究者に言われるほどのものでした。直径2720kmの逆行衛星トリトンでは激しい火山活動歴を想像させる極付近の地形とマスクメロンの皮のような幾何学的に規則的な割れ目が交差している平原が明らかになりました。またクレータ分布も一様でなく,不均一な地質学的表面活動が近年まであったことを示唆しました。表面温度は37K,窒素とメタンの氷から表面物質が構成されていることが近赤外スペクトルから明らかになりました。海王星は大気があるため表面を直接観測することは出来ませんが,大気は水素・ヘリウム・メタンガスからなることが明らかになっていますから大気の下にメタンの氷や液体が存在するでしょう。またボイジャーは冥王星には接近しませんでしたが,赤外線天文衛星IRASのもたらした近赤外スペクトルから冥王星表面にもメタン氷の存在が明らかになっています。季節変動でメタン氷が蒸発・凝固を繰り返し,薄いメタン大気が消長すると考えられています。このような観測事実から外惑星系のうち木星・土星の衛星では,イオウ酸化物を噴出しているイオやメタンの雨が降っているとされるタイタンを除くと表層を構成する物質は,水の氷であり,天王星より外の惑星・衛星ではメタン・窒素の氷が表面を覆っていると考えられます。

■ノンウォーターアイスの物性

 太陽系の惑星・衛星の観測事実を構成物質の物性研究結果を使って解釈すると,惑星・衛星の構成と進化を明らかにすることができます。したがってまず構成物質は何か,それがわかったら次はその物質はどのような重さ(密度),どのような固さ,圧力や温度に対してどのように変化し,どのように振る舞うか(応答するか)などを明らかにします。圧力はゆっくり荷重をかけた場合と急速にかけた場合では応答は異なってきます。物質によって研究の発展のレベルが異なっています。

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 水(みず)氷の物性研究は人間活動に直接結びついて基礎から応用まで幅広く研究されています。ただし,クラスレートと呼ばれる氷の中にメタンや窒素等が入った物質の研究や,水氷に急激に圧力をかけた場合(氷衛星形成期の衝突現象に相当する)の力学的振る舞いについての研究は,氷衛星の進化を考える上でまだ十分発展しているとは言えません。

 一方,極低温の研究分野で冷媒に使われる,またそのものの物理現象の興味からヘリウム・水素(これもノンウォーターアイスですが)の研究は進んでいます。

 ここで取り上げている外惑星 特に冥王星(〜30AU)以遠の惑星・衛星の表面に見出したノンウォーターアイスは,結晶学的な構造がわかっている程度のもので,物質科学の基礎から研究する必要のあるものです。メタンと窒素の沸点(ガスが液体になる温度)は1気圧下でそれぞれ109K(絶対温度),77.4K,融点(液体が固体になる温度)は90.7Kおよび63.3Kです。メタン氷は液体窒素を冷媒として使うことで作成することができますが,窒素とメタンは反応して融点を下げるため窒素ガスを遮断しないとメタンの氷は作成できません。またトリトンの表面温度まで物性測定するために液体ヘリウムを冷媒として用いて窒素氷も作成して実験を行いました。

 ロシアの研究者によってメタン氷,窒素氷の音波速度の測定結果が報告されていますが,どのような状態の氷を使って測定したか記述がなく,添付されている装置の図を見てもよくわからないので,私たち(私と名古屋大学大学院生山下靖幸)はデュワー(冷媒を入れるガラス製魔法瓶)の外から観察しながら氷を作成し,音波速度を測定することにしました。ガラスデュワーの中へ光が入って温度が上がらないように極低温実験の場合ガラスに銀メッキを施しますが,外から観察できることを優先させ,メッキを施さない部分(スリット)を設けました。

  デユーワー中のメタン氷
 液体ヘリウムの水位を上げることによって試料部分の温度を徐々に下げていくと,ガスがまず液体になり,さらに固体へと変化します。ゆっくり(1時間程度以上かけ)下から固化させれば,透明な氷が得られますが,急激に温度を下げるとクラックのたくさん入った質の悪い不透明の氷しかできません。添付写真では金属のピストン(ネジや穴が見えます)と下の金属プレートとの間にメタンの氷ができています。

 ピストンと底面のプレートの中に音波を発生する超音波振動子が入っており,その場で音波速度を測定することができます。測定結果は従来のロシアの研究者によって報告されているものに比べ,1割程度高い音波速度を示しました。これは従来のものが空隙率の高いもの,霜を固めたようなものを測っていたのであろうと解釈できます。わたくしたちの作成したメタン氷,窒素氷は透明ですが,単結晶ではありません。1〜2mmの単結晶の集合体です。温度を上昇させ融解していくと結晶粒界から解けていくので結晶サイズがわかる。トリトン表面を構成しているメタン氷,窒素氷が固いのか柔らかいのか(流動特性)を調べました。ピストンを通して外から荷重をかけると(50kg/cm2,女性の靴のヒールにかかる荷重程度)ピストンとガラスチューブの隙間に流れ出て行ってしまい,少し固い液体のような振る舞いをしました。ピストンの進行速度を変えて歪み速度を変えたり,ガラスを引き抜いて円筒形氷試料の側面を自由表面(応力がかからない状態)にして変形実験を,また荷重緩和の実験も行いました。粘性率は,メタン氷,窒素氷ともに1010Pa sec 程度で,水(みず)氷の粘性率に比べ5桁程度小さい。この値は暑い夏の日のアスファルトのものに相当します。

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■トリトン表面の構成物質

 上記の測定で得られた低粘性率ではボイジャーが明らかにした起伏の激しい地形を地質学的に長い時間維持することは到底不可能です。もっとのっぺりした地形になってしまっているはずです。

 まず実験の抜けがあるかどうか考えてみます。窒素氷,メタン氷ともに20K,30Kに相転移があり,結晶構造が変わることがわかっています。事実音波速度もこの温度で変化します。しかし,結晶構造の変化はわずかであり,オーダーで粘性率を変えることは困難です。先に述べましたようにメタンと窒素は化合します。化合して融点を下げる(共融系)という報告があります。化合物になるとケタで粘性率が変わることも期待できません。赤外スペクトルから二酸化炭素・一酸化炭素も数パーセント存在することが示唆されています。二酸化炭素はドライアイスとして馴染みのものです。これはドライアイスのような空隙率の高いものでは軟らかいもののように想像しますが,空隙率の低いものはかなり固く,粘性率を測ることが私たちの実験装置では困難でした。融点付近(融点の0.92倍の温度)で,1014Pa sec という値になりましたが,トリトン表面温度条件ではまだ値を得ておりません。数パーセントしか含まれていない二酸化炭素がトリトンの表面起伏を維持しているのでしょうか。ごく表面からの氷があって起伏を支えている,という考えもあります。外惑星系衛星でも天王星軌道付近までは水氷で覆われていることを考慮すると可能性は大きい。しかしそれならば,地質活動,クレータ形成によって水氷が表面に顔を出すことがありえるのではないでしょうか。

 表面物質構成は内部物質構成を考える上でも重要になります。メタン氷,窒素氷の密度は約500kg/m3で水の半分です。トリトンの平均密度は約2,000kg/m3です。密度を大きくするものとして岩石が中心にあるとしても,その直径は水氷があるかどうかで変わってきます。


ボイジャー2号のとらえたトリトン


■おわりに

 ノンウォーターアイスの研究を始めたばかりで結論はまだ多くありませんが,外惑星系にあるというメタン氷・窒素氷はどんなものかを紹介しました。物質科学的研究では以上にも述べたようにまだまだこれからですが,外惑星系探査への夢を抱きつつ進めることとしましょう。

(かとう・まなぶ)


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