No.195
1997.6

ISASニュース 1997.6 No.195

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祈りのとき

浅井達朗

 1997年2月12日13時50分,M-Vの初号機が飛んだ。PIセンタで手に汗している我々の前を,ゆっくり上昇していくM-Vの姿は,圧倒的な力感に溢れていた。シルエットが美しい。 X+478秒,衛星を分離し,ロケット系のミッションを終了。肩の荷が降りる。感激が込み上げてきたのは,それから暫くしてからだった。

 いつものことながら,ロケットの打上げは緊張する。ましてや今回のように,全機が新開発のロケットの初号機ともなれば尚更である。 打上げ前日,全段組立て状態のロケットを見ていると,「明日飛ぶこのロケットの運命はもう決まっているのではないか?」という想いが湧いてくる。もし,万々が一,故障をかかえた部品が組み込まれていたりしたら,このロケットの不幸な行く末は決定されていることになる。「いや,我々の組立て整備は万全だ。故障など起こすはずがない。」と自分で答える。打上げ直前ともなれば,自分では落ち着いているつもりでも,頭の中は殆ど何も考えていない。「…33,32,31,…」秒読みの声も心なしかトーンが上がる。突然,神に祈りたくなる。神様,どうかこのロケットを成功させてください…。「… 5,4,3…」 この時思うことはただ一つ,正常に点火してくれ!

 この期に及んで何を馬鹿なことをと言われるかもしれないが,ゼロで点火しなかった情景を何回か見ていると,本気でそう思ってしまう。

「… 2,1,ゼロ,…」点火! 上昇開始。ランチャをクリアーして,大きくキックターン。

 目の前の閃光と轟音の中をM-Vがゆっくりと空に向かって行く。制御系が頑張っているな,と一人で納得する。

 思えば,このPIセンタからロケットの打上げを何回見ただろうか? M-3Sの打上げを初めて見た時は,スリムで華奢な機体が,重力と空気の山をかき分けながら,健気に飛んでいるという印象を受けた。M-3Sを形容するなら,華奢で健気というのが一番ぴったりする。それに比べると,M-Vの飛行姿は逞しい。力強く,雄々しく,昂然と顔を上げて空に向かっていく感じがする。M-Vは,男性的で逞しいロケットだと思う。

「…33,34,35,…」ロケットは最大動圧の中を飛んでいる。頑張れ,今が山だ。負けるな!心の中で声援を送る。もうこれ以降,シークェンスが進むたびにひたすら同じ台詞を唱えていた自分を今思い出すと,いささか気恥ずかしい気がするが,あの時点ではまったく真剣で,自然な事であった。

 ところで先ほど小生は,打上げ30秒前に神に祈ったと書いた。これは,現場にいると自然とそういう気持ちになるという事なのであるが,良く考えて見ると,このお祈りは,これ以降に起こるであろう運,不運に対して有効なのであって,例えば,飛行中にとんでもない突風が吹かないでくださいというような事に効くのであろうが,もし,すでに故障部品が機体に組み込まれてしまっていたならば,これを修理してくれと言われても神様もちょっと困るのではないか?してみると,打上げ30秒前にお祈りしたのではもう手遅れで,もっと早い時点でお祈りしなければ,聞き届けられる祈りも叶わぬ事になってしまう。しからば,どの時点でお祈りするのが適切であるか? これは少しく考察に値する問題であろう…と言う所で紙幅が 尽きた。

 しかし,まあ,祈りと言うのは勝れて主観的な問題なのだから,祈るもよし,祈らぬもよしで,一般的な解など作れないのかもしれない。

(日産自動車M宇宙航空事業部 あさい・たつろう)


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