No.195
1997.6

<コラム>   ISASニュース 1997.6 No.195

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18mφアンテナの撤去に寄せて

   野村民也

 三十年余りにわたって鹿児島宇宙空間観測所(KSC)のテレメータ台地に聳え立っていた18mφのパラボラアンテナが撤去されるという。老朽化で内部の腐食が進み危険とあって,付近は近年立入り禁止になっていた。だから,いずれは撤去の運命にあった訳であるが,いよいよそうなると聞けば,その建設に携わった者の一人として,感慨を禁じ得ないものがある。

 このアンテナの計画は,昭和37年, KSCの建設開始と一緒にスタートした。予想されるロケットの飛翔距離の増大に備え,テレメータの受信能力の向上が目的である。一方,当時は米国でテルスターやリレー衛星が打ち上げられた能動中継衛星通信の揺籃期で,我が国は,郵政省電波研究所が宇宙通信実験用の30mφのアンテナを建設中であったが,本格的な高性能アンテナの計画は,同時期に始まった国際電々の20mφのアンテナとこのKSCのものが最初であった。

 これらのアンテナの開発には,生産技術研究所第5部の先生方が多大の貢献を果たされた。アンテナの架台のコンクリート構造は,丸安先生の設計である。一方,アンテナの反射鏡は,晴海の見本市会場のドームを設計した故坪井善勝先生が担当された。「自分は回転対称体の応力場の解析手法を開発し,晴海ドームを作った。次は非対称体を手掛けて見たいと思っていたが,アンテナの反射鏡は恰好の材料だ」と進んで買ってでられたのである。先生はその後,東京オリンピック会場建物群の屋根構造の設計にも携わられた。それらの応力場解析手法は後に学士院賞を受賞するが,先生は回顧録のなかで,端緒となったアンテナ設計を主要な業績の一つに挙げておられる。

 アンテナの製造は三菱電機が担当した。同社は,喜連川隆さんというアンテナの電気設計の大家を擁し,電々公社のマイクロ波中継用の4m級アンテナの開発などで優れた実績を挙げていて,同社が適任であることは衆目の一致するところだった。構造設計を担当したのは,後に常務取締役になった故森川洋さんの率いるチームである。森川さんは第二工学部機械の出身で,厳しい坪井先生が感心されるほど,良く先生の付託に応えた。この時の先生との共同作業はよほど強く双方に印象されたようで,森川さん達の「坪井先生を囲む会」がその後も長く続いたとのことである。

 アンテナの反射鏡は自動追尾の必要から,できるだけ軽いことが要求される。そこでKSCの反射鏡はサンドイッチ構造を採用,表面と背面のパネルをコア部材に溶接して,一体として強度メンバーを構成するという構造になっている。そのために設計作業が複雑になり,森川さん達は随分と苦労したようであるが,これで直径18mの反射鏡は,重量12ォという画期的に軽いものになった。

 アンテナの設計が進みつつあった頃,喜連川さんと一緒に米国のアンテナ事情を調査に行っておられた齋藤先生から一通の電報が舞い込んだ。JPLの Renzetti 等の話によると,今後の米国の高性能アンテナは,低雑音性を重視してカセグレイン型になる由である,進行中のKDD・KSCのアンテナもこの状況に照らして設計を見直すべきであるというのが内容だった。現在の18mφアンテナの副反射鏡が裏返しできる構造になっていて,VHF・UHFは焦点給電,裏返せばカセグレイン型に変わるようになっているのは,この時の設計変更の所産である。今でこそ宇宙通信用のアンテナはカセグレイン型が常識であるが,草創の頃の一挿話として記録に止めておきたい。

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 写真は昭和39年の完成時のものである。今と違って背面にもう一枚,パラボラがついているように見えるのは,風圧トルクを中和するためのものである。翌年,内之浦を襲った台風によって吹き飛んでしまい,以来,修復されていない。もともと反射鏡本体にダメージを与えないように多少弱めにしてあったのだが,仕様では70m/秒の風に耐えることとなっていたので,後に会計法上の物議をかもした。これをいかに処理したか,紙数の制限もあって今は書きとめておく余裕はない。

 今日の宇宙通信の隆盛は眼を見張るものがある。我が国は世界の宇宙通信地上局建設の半分以上を請け負っているが,それも優れたアンテナ技術に負うところ大である。KSCの18mφアンテナの建設は,その先駆をなしたものである。撤去された後も,何らかの形でその歴史的意義を記念するものを残して欲しいと思う。

(前宇宙開発委員会委員長代理,元宇宙航空研究所長 のむら・たみや)


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