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X線天文衛星「すざく」による観測結果、国際会議で発表
2005年7月10日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所からM−Vロケット6号機で打ち上げられたX線天文衛星「すざく」は、2005年8月13日のXRT/XIS、8月20日のHXDの初観測以来、様々な観測成果を挙げています。X線天文衛星「すざく」は、従来の衛星に比べ広いエネルギー帯域での観測が可能であり(従来の10keVまでに対し、「すざく」は700keVまで観測可能)、世界最高レベルの感度を達成するなど優れた観測能力を実証し、宇宙の構造形成やブラックホール直近領域の探査等で順調に成果をあげています。今月中旬には、日本天文学会欧文報告「すざく特集号」が発行される事となり、科学論文25編とハードウエア/ソフトウエアに関する論文5編が掲載されます。日本天文学会欧文報告「すざく特集号」の中から4編の論文をご紹介します。
1)天の川中心:火の玉の正体、多重超新星残骸、激動の過去をキャッチ
2)銀河の大爆発が作った巨大プラズマの「帽子」
3)巨大ブラックホールの作る極限時空へ −「すざく」が扉を開いた−
4)謎のX線放射の起源は太陽風だった! 〜「すざく」がとらえた地球近傍における太陽風からの輝線放射〜
「すざく」は2006年3月31日までに試験観測で予定していた約100個の全天体(方向)の観測を終了しています。2007年5月半ばまでのサイエンスワーキンググループによる解析の後、世界の研究者にデータを開放する予定です。また、2007年4月からは第2回国際公募観測を開始します。
1)天の川中心:火の玉の正体、多重超新星残骸、激動の過去をキャッチ
日本の天文衛星は銀河中心とその周辺から半径500 光年ほどに広がったX線放射と大質量ブラックホールの300年前の爆発の証拠を発見した。「すざく」は高い分光能力でもって、(1)広がったX線放射が大規模な超高温プラズマ球(温度は7000万度)である確かな証拠を得た、(2)多数の超新星残骸候補を発見した、そして(3)大質量ブラックホールが300年前に大爆発した瞬間をキャッチした。
「すざく」の高い分光能力は広がったX線放射が温度7000万度の大規模な超高温プラズマ球であることを疑う余地ない精度で決定した。また「すざく」は硫黄と鉄の特性X線の銀河中心付近の分布観測に初めて成功した(図1)。多くの超新星残骸は大量の重元素を含むので、これは予想もしなかった数の若い超新星残骸の発見につながった。このことは未発見の超新星残骸がまだ多数存在することを意味する。それらが相互に影響、重なりあって大規模な超高温プラズマ球が形成されたと考えられる。
銀河中心付近500×100光年の高電離硫黄(上)と鉄(下)の特性X線分布。所々にある赤、黄色の塊(ピンクの丸)が新たに発見された超新星残骸 |
中性の鉄は低温だから通常ではX線を出さない。しかし、特殊な条件下、外部から強いX線に照射されると6.4keVの輝線を放射する。「すざく」はこの6.4keVの輝線の銀河中心での分布撮像に初めて成功し(図2右)、広範囲にわたって低温の分子雲が銀河中心大質量ブラックホールの過去の強いX線をうけ、現在輝いていることを明らかにした。とりわけ300光年離れたSgr B分子雲では1994年の「あすか」観測で1個の塊が10年後の「すざく」観測で2個検出されている。これは300年前に突然、大規模な爆発がおこり、そのX線前線が、「あすか」観測時(1994年)に一つの分子雲に、わずか10年間後(「すざく」観測時)にもう一つの分子雲に到達したものである。銀河中心大質量ブラックホールの大爆発の瞬間を初めて検出したと言える。
2:右図は銀河中心付近500×100光年の中性鉄6.4keV X線の分布。所々にある赤、黄色の塊が銀河中心の過去のX線で照らされた低温分子雲である(銀河中心は現在は暗い)。このうち約半数は新発見である。 (京都大学 小山勝二,宇宙研 前田良知) |
2)銀河の大爆発が作った巨大プラズマの「帽子」
X線衛星「すざく」は、おおぐま座M82銀河から北へ約3万8千光年離れて位置する巨大なプラズマの塊「M82の帽子」から大量の重元素を発見した。約2千万年前にM82銀河で超新星爆発約1万個の大爆発が起こり、高速のプラズマ流を放出した結果、この「帽子」が作られたことを解明した。「M82の帽子」は小さな銀河に匹敵する大きさ(約1万2千光年×約3千光年)を持つが、淡い構造のためこれまで十分な観測がなかった。「すざく」は鮮明な「帽子」の撮像に成功し、世界で初めて極めて高い精度のX線データを取得することに成功した(図1)。
図1: 「すざく」衛星の裏面照射型CCDで得たX線画像。M82銀河の場所には、米国「チャンドラ」X線衛星、「ハッブル」宇宙望遠鏡、「スピッツァー」赤外線衛星で取得された3色写真を重ねた。
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X線スペクトル解析の結果、巨大プラズマの温度は約700万度であり、酸素、ネオン、マグネシウム、ケイ素が大量に含まれ、鉄は相対的に半分に過ぎない事を解明した(図2)。これらは銀河の中にのみ存在する巨大恒星が超新星爆発して作った重元素である。M82銀河から約3万8千光年も離れた「帽子」の中で発見されたことは驚くべき事実である。さらに「帽子」とM82銀河の間からもX線が検出された。両者を結んで高温プラズマが満たされていたのである。プラズマの速度は秒速数百km、M82から帽子に達するには約2千万年必要である。よって、約2千万年前にM82銀河で大爆発が起こり、超高温プラズマの灼熱風(銀河風)が放出され、今現在、「M82の帽子」と呼ぶ特異な構造を作ったと結論できる。
図2: 「すざく」衛星の裏面照射型CCDで得たX線スペクトル
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「すざく」は、天の川銀河中心で超新星爆発が連続的に起こり、巨大超高温プラズマで満たされている事を証明した。M82銀河では、これを遥かに超えた規模の爆発だった。実際、現在でもM82銀河中心には天の川銀河中心の約1万倍に近い質量の巨大プラズマが存在している。
我々は平成12年9月、このM82銀河から中質量ブラックホールを発見し、10月には電波研究者と共に、その中質量ブラックホールは約100万年前の超新星爆発約1万個の大爆発から誕生した、とする研究結果を報告した(http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/research/)。今回の成果「M82の帽子」も、ちょうど超新星爆発約1万個分の規模である。すなわち、約100万年前と同様に、約2千万年前の大爆発でも中質量ブラックホールが作られただろう。M82銀河は現在も活動を継続している。これからも大爆発がおこり、そして中質量ブラックホールも作られていくと予測できる。
「M82の帽子」の巨大プラズマは簡単には冷えない。これからも秒速数百kmで宇宙の旅を続ける事であろう。
クレジット:図1のM82の帽子(全体)および図2:「すざく」チーム。 図1のM82銀河の場所の3色写真:X線:NASA/CXC/JHU/D.Strickland; 可視光: NASA/ESA/STScI/AURA/The Hubble Heritage Team; 赤外線: NASA/JPL-Caltech/Univ. of AZ/C. Engelbracht (http://chandra.cfa.harvard.edu/photo/2006/m82/)
(京都大学 鶴剛,宇宙研 満田和久)
3)巨大ブラックホールの作る極限時空へ −「すざく」が扉を開いた−
多くの銀河の中心核には太陽の1億倍以上の巨大ブラックホールが存在し、そこにガスが吸い込まれると強力なX線(太陽の百億倍以上のエネルギー)が放射される。これがブラックホールの暗闇を照らす灯台の様に、まわりの極限時空構造を照らし出す。「すざく」により、ブラックホールが作る極限時空の研究への扉が開かれる。
ブラックホールへ落ちて行くガスに含まれる鉄は蛍光X線を放射する。「あすか」はその波長に広がりがあり、左側(低いエネルギー側=波長の長い側)に多くずれることを見つけた。輝線幅の広がりは波長の10%以上、つまりガスは光速の10%以上の高速で走り回っている(ドップラー効果)。低いエネルギー側(5keV付近まで)へのずれは、ブラックホールの強い重力場で、時間が遅れ、波長が伸びている(時空のゆがみ)ためと考えられる(右図:図1「あすか」によるMCG-6-30-15の鉄輝線プロファイル)。
「すざく」は、硬X線(10keV以上)での高感度観測が可能な硬X線検出装置と分光可能な軟X線装置を持つ。この2つの装置は、鉄輝線と鉄輝線より高いエネルギーの硬X線まで高い感度で観測することを可能にし、ブラックホール周辺で起こっている激しい現象を統一的に捉えることができるようにした(図2)。これにより、鉄輝線を最高の精度で測定することが可能となった。
図2:「すざく」で明らかになったブラックホールからのX線
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図3は、「すざく」が得た鉄輝線のプロファイルである。精度の良い鉄輝線の測定は、降着円盤の外側から出た幅の狭い輝線だけでは無く、円盤の内側(ブラックホールの近く)で放射される、幅の広がった輝線を見事に描き出した。これによりブラックホール周辺の時空のゆがみを精度良く議論することが可能となった。
図3 降着円盤の模式図と「すざく」が捉えたMCG-5-23-16からの鉄輝線近傍のスペクトル。円盤の内側からの輝線は幅が広く、外側からの輝線は狭い。
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また、別の中心核では、非常に非対称な幅の広い鉄輝線が報告されている(図4)。この報告は非常に重要ゆえ検証の必要はあるが、5keV以下までのびる広い輝線は、鉄輝線を放射するガスがブラックホールのごく近傍の強い重力の影響を受け放射されていることを表している。これは中心のブラックホールが回転していることを示唆する(図5)。
今後、「すざく」によって、さらなる観測が行なわれ、極限時空が詳しく研究される。「すざく」の精密データが、極限時空の扉を開くのである。
図4 MCG-6-30-15の鉄輝線近傍のスペクトル
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4)謎のX線放射の起源は太陽風だった!
〜「すざく」がとらえた地球近傍における太陽風からの輝線放射〜
1990年代、軟X線での全天探査を行なっていた「ローサット」衛星の研究者たちは、数時間の時間スケールで変動する起源不明の謎のX線強度増加に悩まされていた。1996年の彗星からのX線放射の発見を契機に、その理解は少しづつ進んできたが、今回の「すざく」衛星の観測により、このX線の起源が、地球の磁気圏に入り込んだ太陽風に含まれる高電離した炭素や酸素などのイオンであることの確実な証拠が得られた。
打上げ間もない2005年9月、黄道の北極方向を観測していた「すざく」は、謎のX線増光を検出した。
「すざく」は、広がった天体からのX線の波長(エネルギー)を見分ける能力に関して、世界最高の性能を持っている。図1は「すざく」によって得られた謎のX線の出現前後でのX線スペクトル(波長分布)の変化を示している。この図から、X線増光は高電離した炭素、酸素、ネオン、マグネシウム、鉄イオンからの輝線の強度増加であることがわかる。注目して頂きたいのは矢印で示した輝線である。矢印で示した輝線は、増光していない時には存在していない(緑線)。
高電離したイオンの輝線は温度100万度程度の高温プラズマから放射されるが、高温プラズマからは矢印の輝線は、こんなに強くは放射されない。しかし、完全電離した炭素イオンが中性物質と衝突し、電荷交換と呼ばれる相互作用をしたときには強く放射される。
「すざく」はこの電荷交換反応に特徴的な輝線を初めてはっきりととらえ、謎のX線増光が太陽風の電荷交換反応によって引き起こされていることを観測的に明らかにしたのだ。
電荷交換反応はどこで起きているのだろうか? 時間変動の詳しい解析から、地上高度6000 km付近であることがわかった(図2)。もちろん、このような低高度まで太陽風が入り込んで、そこの中性原子と電荷交換反応を起こしていることがわかったのは初めてのことである。木星では、X線オーロラと呼ばれる現象が観測されているが、それと似た現象が、私たちの地球でも起こっていたのである。
彗星の周辺部も、太陽風の電荷交換反応によって軟X線で光っている。さらに、同様のメカニズムにより、太陽系全体もまた軟X線を放射している可能性が指摘されている。この放射や地球近傍の放射は、超新星残骸や銀河系内の高温星間物質、銀河系外の高温物質からの軟X線放射を観測する場合には邪魔な存在となるので、その影響をきちんと考慮する必要がある。これは容易なことではないが、今後の「すざく」の観測によって大きな進展が期待される。
2006年12月6日