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「はやぶさ」88万人の「星の王子さま」たちへ

イラスト:池下章裕
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日本の探査機「はやぶさ」が、打上げ(2003年5月)前に展開した「星の王子さまに会いに行きませんか」キャンペーンは、「149カ国から88万人」という、驚異的な応募者数に達し、 ソフトボール大のターゲット・マーカーに刻まれました。

そのターゲット・マーカーは、2005年11月20日、「はやぶさ」が小惑星イトカワへの第一回目の着陸に挑んだ日、「はやぶさ」を表面の目標点へ誘導する水先案内の指標として、「はやぶさ」から放出され、見事にその地表に到達しました。このことをまず、喜びとともにご報告します。

前夜11月19日の21時ごろ、約1kmの高度から降下を開始した「はやぶさ」は、今まで2回のリハーサルに比べると、驚くような順調さで、地球から3億km彼方のイトカワ上空を降りて行きました。秒速約4cmに制御されています。そう、それは、2つのリアクション・ホイールが故障する中でこの数ヶ月、数々の困難を乗り越えて編み出した「はや ぶさ」チームの航法制御の勝利でした。

最初は、残り一つのリアクション・ホイールとガスジェットを組み合わせたのですが、ガスジェットを噴かすたびに微妙な揺れが生じ、その影響が時間とともに積分されて軌道を変えて行きます。そこでガスジェットによる揺れの降下を最小限に抑える噴射方式を、地上と軌道上で慎重に実施した後、リハーサルでテストし確認しました。今回は それが見事に生きました。

20日午前4時30分、高度450m。地球と糸川の形状中心を結ぶ線上に制御されながら、「はやぶさ」は秒速を約10cmに上げてイトカワに接近し始めました。5時前、それまでの経過を見ながらの川口淳一郎プロマネによる“GO”判断を挟み、1時間強の間、「はやぶさ」は1秒間の速度の揺れを数mmの誤差に抑えるという驚異的な制御をしながら、イトカワの表面をめざしました。アリの歩く速さほどの制御です。

5時46分、高度54m。「星の王子さま」面会希望者名簿の載ったターゲットマーカーを「はやぶさ」の底部につなぎとめているワイヤーが、カッターで切られました。そのまま秒速10cmで降下した「はやぶさ」は、140秒後に高度40mに達し、ここで秒速を4cmに減速しました。フリーになっていたターゲットマーカーがイトカワ表面に自由降下していきました。「はやぶさ」からフラッシュランプの光が浴びせられます。このマーカーの分離テストはすでにリハーサルで行ってありますが、これを自律的に撮像しながら「はやぶさ」をその方向へ誘導して行くオペレーションは初めてのものです。こうして「はやぶさ」を巧みにいざないながら、6分後、「星の王子さま」面会希望者名簿はイトカワに配達されました。

5時47分。「はやぶさ」の高度は35m。ここからは「はやぶさ」チームにとって未知の世界です。近距離のレーザー高度計(LRF: Laser Range Finder)を使って降りて行くのです。ここまで活躍したLIDARはもう使えません。リハーサルでLRFによる計測はテストしてありましたが、これを使って制御しながらの降下は初めてです。高度25m。LRFを使ってホバリング実施。これも初体験です。

5時55分。「高度17メートル!」──大きな声が管制室に響きました。6時。「はやぶさ」はイトカワの表面地形に自らの軸を垂直にする制御を自律的に行うモードに入りました。すでにゴールドストーン局との交信は、変調をやめ、LGA(低利得アンテナ)を使うビーコンモード(搬送波のみのやりとり)に切り替えられています。ドップラーデータによって高度を確認します。

「やった!着陸だ!」その場にいたすべての人が成功を確信しました。「はやぶさ」のサンプラーホーンは、センサーから着陸の信号を受け取った瞬間に直径10mm、重さ5グラムの弾丸をイトカワ表面に発射し、舞い上がるダストと岩石片をカプセルに受けつつ、1秒後には上昇に移るようプログラムされています。

しかし、最後の最後に悪魔が潜んでいました。上昇するはずの時刻になっても、ドップラーデータが「上昇」を示さないのです。
それどころか、秒速2cmでいつまでも「降下」をつづけていくのです。何が起きているか分からないまま、不気味な30分が経過しました。いろいろな状況を勘案すると、「はやぶさ」は地表から10mぐらいの高度を漂いつづけているように見えます。こんなに熱い地表にあぶられると、機器の調子がおかしくなります。川口プロマネが決断しました。 「デルタVを打とう!」。地上からの指令で強制的にガスジェットを噴かして上昇させるのです。

具合の悪いことに、すでにゴールドストーン局からの追跡は終わる時刻が近づき、長野の臼田局からの追跡に移りました。切り換えの微妙な時間帯に行方不明になるのは叶いません。「とりあえずセーフ・ホールド」のモードにするためのコマンドが、再び川口プロマネの指示で送られました。セーフ・ホールドというのは、太陽電池パネルの面が常に太陽に向いている姿勢で「はやぶさ」をスピンさせる制御です。二つとも極めて適切な処理でした。

やはりイトカワの100℃を越す温度であぶられ続けたせいでしょうか、通信系の増幅器が完全ではなく、しばらくは臼田局との間もビーコンモードが続きました。「はやぶさ」がいまどのような状態なのかが分からない時間帯が過ぎていきました。しかし臼田局のエンジニアの奮闘で、ついにMGA(中利得アンテナ)による交信を回復しました。するとどうでしょう。「はやぶさ」は、セーフ・ホールドのモードに入っていました。しかもイトカワから数十kmの位置まで遠ざかっている模様です。

着陸したのかどうかについては、意見が分かれており、これからのテレメータデータで判明するでしょう。その前に、現在のセーフ・ホールドのモードを21日の臼田局の運用の時間帯のうちに三軸制御に戻す作業があります。この厄介な仕事を終えて、データのやり取りをHGA(高利得アンテナ)を用いて開始すれば、「はやぶさ」が溜め込んでいる着地直前の時刻以来のさまざまな貴重なデータがどんどん降りてきます。今はそれまで静かに待つことにしましょう。

第一回目の着陸トライアルは、このような状況でした。広い宇宙の中の小さな小さな星に住む「星の王子さま」に会いたいという88万人の願いのこもったターゲットマーカーが、「はやぶさ」の惑星探査の特筆すべき挑戦において、立派な先導役をつとめてくれました。今度は「地球という星の王子さまたち」の名前として小惑星イトカワの上に半永久的に留まることになるのです。

この後の展開については、このホームページに引き続きご注目ください。

宇宙開発史に金字塔を打ち立てる「はやぶさ」ミッションは、終わっておりません。“Never give up."が身上の川口プロマネを中心として、チームは不眠不休の努力を継続して、25日以降に着陸・サンプル採取の最後の関門に再度挑む決意と構えを新たにしています。日本の若者たちがその惑星探査において世界のトップに立ちつつあるこの感動的時期を彼らと共有できる幸せを噛みしめながら、とりあえず、88万人の「星の王子さま」たちに「おめでとう」と「ありがとう」の言葉を贈らせていただきます。
そして、がんばれ、「はやぶさ」チーム!

2005年11月21日
JAXA宇宙科学研究本部 対外協力室長 的川 泰宣

2005年11月21日

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