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小惑星イトカワの軌道進化

 「はやぶさ」が現在探査をしている小惑星イトカワは、どのような軌道進化をしてきたのでしょうか。また、これからどのように軌道が変わっていくのでしょうか。「はやぶさ」がイトカワを探査したデータを解釈するときに、そのような軌道進化の情報が重要になる可能性がありますので、イトカワの軌道について調べてみました。

1.イトカワの軌道

 イトカワの軌道は、現在、図1のようになっています。地球や火星の軌道と交差するような軌道ですが、実際、イトカワの軌道面は、黄道面(地球の軌道面)とほぼ一致しているのです。つまり、見掛けだけでなく、実際に地球や火星に接近する軌道となっています。図1には、軌道が求められた小惑星の位置もプロットしてあります。特に、火星軌道の内側にあるような小惑星は、地球接近小惑星(NEO)と呼ばれて地球に近づく可能性があるものですが、イトカワもその1つです。
 このように、惑星に接近しやすい軌道の場合、その軌道進化がカオスになりやすいことが知られています。カオスとは、初期条件の微小な違いが、時間が経つと急速に拡大されてしまう状況のことです。どのような天体でも決定された軌道には誤差がありますが、軌道進化がカオスになっていると、その誤差のために将来の軌道が予測できなくなります。まさに、小惑星イトカワがそのような状態にあるのです。

図1 小惑星イトカワの軌道
太い線の軌道が小惑星イトカワの軌道で、その他の軌道は、内側から水星、金星、地球、火星の軌道である。
軌道が求められている小惑星の2005年9月1日の位置もプロットされている。

2.イトカワの軌道進化

 イトカワのようなカオスの状態にある天体の軌道進化を調べるためには、単純に軌道を計算しただけでは不十分です。イトカワの場合、200年間ほど計算すると、初期値が持つ誤差が拡大して、軌道が分からなくなってしまうからです。このようなカオスにある天体については、誤差範囲内で初期値をずらした多数の仮想の天体(“クローン”)を考えて、それらの軌道運動を統計的に調べる手法が用いられます。
 統計的手法によって、まず、イトカワの過去の軌道を調べてみました。その結果、例えば今から5000年くらい前までは、現在の軌道とほぼ似たところにイトカワが存在していた可能性が高いということがわかりました。
 さらに昔については、すでに計算されている小惑星軌道進化の定常モデルを適用することによって推定することができます。ここでは、詳細は省略しますが、イトカワは、ある種の特別な共鳴が起こっている領域か、火星軌道と交差するような軌道の領域から、現在の軌道に進化してきた可能性が高いことが分かりました。具体的には、小惑星帯の太陽に近い側にイトカワの起源があった可能性が高いことになります。ただし、いつ頃、現在のような軌道になったのかを特定するのは、軌道計算からだけですと困難です。典型的には数百万年前と考えられますが、この進化のタイムスケールは、イトカワの探査によって推定できるかもしれません。
 次に、イトカワの未来ですが、1億年以上の期間に渡って統計的な手法で計算を行ってみました。その結果、イトカワの「運命」は、太陽と衝突するか、水星・金星・地球・火星と衝突する可能性が高いということが分かりました。ごくわずか、木星に衝突したり土星以遠に飛ばされたり、あるいは、1億年以上にわたって太陽系の内側の領域で生き残る可能性もあります。ちなみに、イトカワが地球と衝突する確率は、100万年に1度程度という結果となりました。この意味は、天体が現在のイトカワのような軌道にあると、100万年に1回くらいの頻度で地球に衝突する可能性が高いということです。大きさがイトカワくらい(500m程度)の小惑星の地球衝突の頻度は数十万年に1度と言われていますが、イトカワの場合、それ1つのみで100万年に1度の衝突確率になっていることになります。
 いろいろな初期値から計算したもののうち、最終的に地球に衝突したケース(“クローン”)の軌道変化の様子を図2に示します。特に長期間では、軌道がずいぶん変化することが分かります。これが、カオスを端的に示しているといることになります。
(注:イトカワが近い将来に地球に衝突する可能性はありません。)

図2 地球に衝突した場合の軌道の変化の例
約6万年(左)と約1300万年(右)で地球に衝突したケースについて、 適当な時間間隔で軌道の形を描いた。
青い軌道は、内側から水星、金星、地球、火星。

3.まとめ

以上の結果を総合してイトカワの軌道進化をまとめると次のようになります。

<過去>
小惑星帯の中の太陽に近い側の縁付近に存在しており、特別な共鳴が起こる領域か、火星軌道と軌道が交差する領域にあった。
<現在>
地球および火星に接近しやすい軌道にあり、カオス的な性質が強く、200年間程度しか精度を保った計算ができない。
<未来>
太陽ないし水星・金星・地球・火星に衝突する可能性が高い。衝突しないで生き残ったり、木星以遠に軌道が大きくなったりする場合もまれにある。地球との衝突確率は、約100万年に1度程度である。

つまり、イトカワは、小惑星帯から地球に接近する軌道になり、そして太陽ないし地球型惑星に衝突するという典型的な地球接近小惑星(NEO)の進化の過程にある可能性が高いということになります。「はやぶさ」の目的は、小惑星探査のための技術実証や小惑星のサイエンスを行うことですが、「はやぶさ」で得られた情報は、地球に衝突しうる天体の素性を知るというスペースガードの目的にとっても重要であるということになります。「はやぶさ」の探査の成果が期待されます。

2005年10月26日

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