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宇宙技術が生んだ高信頼民生半導体部品の開発

 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部(宇宙研)は、三菱重工業(株)名古屋誘導推進システム製作所(三菱重工)、沖電気工業(株)(沖電気)と共同で、LSIの高速化・低消費電力化が期待されている最先端の民生SOI(Silicon On Insulator)プロセスを用いて、近年の民生半導体デバイスでも強く危惧されている宇宙から降り注ぐ中性子線によるソフトエラー(放射線によるビット反転エラー)の発生確率が極めて低い民生用128Kbit-SRAM(Static Random Access Memory)の開発に世界で初めて成功しました。
 宇宙用半導体デバイスにおいては、宇宙放射線によるソフトエラーが深刻な問題であることが知られていましたが、微細化の進む民生半導体デバイスにおいても、近年、部品内部の不純物材料から発生する放射線問題に加えて、地上に降り注ぐ中性子線の問題が顕在化して、航空機だけでなくハイエンドサーバー等IT基盤技術におけるソフトエラーの問題が強く危惧されています。
 このたび私たちが開発した民生用SOIメモリーを、フランス原子力エネルギー研究機関の研究者と共同で米国ロスアラモス研究所において、国内では試験ができない中性子照射試験をしたところ、中性子線によるソフトエラー頻度は13Fit/Mbit(1Fit: 10の9乗時間に1回のエラー)と、今までに発表されているSRAMの数十分の一程度であることを確認しました。これは、宇宙科学の研究で生まれた先端技術が、高信頼性が要求される民生産業機器用メモリーの深刻なソフトエラー問題をいっきに解決したことを意味しています。

 この開発は、IT社会を支える半導体デバイスを製造している沖電気が実用化した0.2μmデザインルールの完全空乏型SOI技術をベースに、長年、自動車・建設機械・原子力機器等の耐環境性・高信頼性が要求されるエレクトロニクス製品を製造している三菱重工業と、飛翔体を用いた天体観測・惑星探査等の宇宙科学を研究している宇宙研が共同で耐放射線化技術を付加することで成功しました。宇宙技術と民間技術の協調路線で開発に成功した本SOI技術は、今後は三者の分野で幅広く普及していくと考えています。この成果を、今月25日から米国フェニックスで開催される半導体デバイスの信頼性を討議する世界最大の国際会議(IEEE International Reliability Physics Symposium)においてフランスの研究グループと宇宙研が共同で発表することになっています。
 宇宙研はこの民生SOI技術を利用して、放射線環境がさらに厳しい宇宙のための、宇宙用SOIデバイス技術(*註1.)を確立し、宇宙研だけではなく他の大学や産業界にも提供する仕組みを構築しました。具体的には、“マルチジョブラン”という、“ 宇宙への敷居を低くする”ことを目指すものです。これは、宇宙用SOIデバイスを開発したいユーザーが複数集まり、私たちが提供する放射線耐性を強化した設計データを利用して、各自が独自に回路設計をします。そして、それらをとりまとめて同一ウェハー内に宇宙用SOIデバイスを作るという仕組みです。マスク・試作費用等を分担して負担することで、大学や衛星メーカーでも試作できることになります。
 現在、海外にも放射線に強い宇宙用SOIデバイスはありますが、高価であるばかりでなく民生技術より数世代遅れた技術を利用したものとなっています。一方海外メーカーが作った最先端の民生用SOIデバイスは放射線に対する考慮が全くないので、放射線耐性が低いことが明らかになっています。このような状況下で、宇宙研と三菱重工の耐放射線化技術と沖電気の最先端SOI技術の協調により開発に成功したこの技術を利用して、宇宙用SOIデバイスを開発することができれば、それは日本の宇宙科学にブレークスルーをもたらす戦略的部品となりうると考えます。現在、このSOI技術を発展させて、深宇宙探査用の最先端マイクロプロセッサーを作る計画も宇宙研において推進中です。

<三菱重工のコメント>

 三菱重工は、これまでに機械製品のリーディングカンパニーとして航空・宇宙・原子力・発電プラントから、車載機器、産業機械など陸・海・空・そして宇宙へと、あらゆる製品を世の中に送り出してきている。このような様々な機械製品を高機能・高性能化させ世界市場で競争力を維持・発展させていく上でエレクトロニクスの役割は大きく、特に今後は、数百万〜千万個ものトランジスタ回路を1つのシリコンチップに集積化できる先端の半導体技術を活用することが必要となってきている。しかし、一般の先端半導体技術は微細が進み高集積化が可能となる一方で、中性子やα線といった外乱ノイズからの耐力が低下してきており、我社の製品に求められる信頼性や耐環境性能が確保できないという課題が顕在化してきている。そのような中で我社は、数年前からトタンジスタ素子が絶縁体上で互いに分離されているSOIという半導体構造に着目し、パートナーとともに社内で共通的に適用できる万能LSIの研究開発を進めてきた。本開発の成果は、これらの課題を克服するとともに、これまで高集積な半導体チップの使用が困難とされてきた放射線環境下や高温(200℃以上)環境下にも適用できると考えている。

<沖電気のコメント>

 沖電気は、モバイル・パーソナル市場をタ−ゲットに、完全空乏型SOI技術を選択している。完全空乏型SOIデバイスは、バルクデバイスと比較し、高速・低電圧動作、超低消費電力特性に優れている。我が社は、ソーラー電池駆動電波時計用LSIでの商品化に続き、RFデバイス、マイクロコントローラと商品展開を拡大している。今回、宇宙研、三菱重工が保有する耐放射線デバイス設計技術と、当社の完全空乏型SOIデバイス技術を結実させることにより、低電圧動作でしかも放射線耐性に優れたSOIデバイスを実現することができた。放射線耐性は、今後、民生用分野においても、デバイスの微細化、低電圧化が進むことにより、メモリデバイスのみでなく、ロジックデバイスも重要な問題となることが懸念されている。特にSRAMは現在のバルクデバイスでの放射線照射による不良発生率は、世代が進むと非常に高くなっており、SOIデバイスで低不良発生率を実現した今回の成果は民生用LSIへの展開において大きな意味を持つと考える。今後、SOIデバイスを民生用超低消費電力市場を中心に展開を進めるとともに、今回開発された耐放射線化技術を民生・産業用分野での高信頼性が要求される部品への適用展開を進めていく。

*註1.   このSOI技術をベースにさらに回路上の工夫を加えて、ソフトエラー発生のしきい値LET(荷電粒子が半導体に与えるエネルギー量で表す)が45MeV/(mg/cm2)以上(民生品の約20倍)と高い上、シングルイベントラッチアップ(放射線により過大電流が流れて永久損傷になる可能性があるエラー)という別の障害が全く起こらないという特性を持つ宇宙用SRAMの開発に成功しています。このしきい値LET値から推定される静止軌道上でのソフトエラー発生確率は、約9000年に1回と世界最先端のレベルであることは、平成14年10月に新聞発表済みです。

問い合わせ先:宇宙科学研究本部 宇宙探査工学研究系 廣瀬和之助教授(042-759-8326)
または 宇宙情報工学研究系 齋藤宏文教授 (042-759-8363)

2004年4月20日

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