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ISASニュース

「きぼう」におけるES細胞の長期被曝実験「Stem Cells」開始

No.387(2013年6月)掲載

宇宙に長時間滞在し活動することは、今では宇宙飛行士の通常のミッションとなりました。宇宙は微小重力状態であると同時に宇宙放射線が飛び交う空間です。宇宙放射線には、重粒子線と呼ばれる細胞への影響が強いものが含まれています。宇宙放射線が人体にどのような影響を及ぼすのか、どのような防護の方法があるのか、さらに人類が宇宙空間で子孫を残すことは可能かを明らかにすることは、将来人類が宇宙空間でより幅広く活動するために非常に重要な課題です。そこで、万能細胞の一種であるマウスのES細胞(胚性幹細胞)を用いて放射線の細胞への影響を調べる実験が提案されました。この宇宙実験は「Stem Cells」と呼ばれています。

2013年3月、米国の民間宇宙船ドラゴン補給船運用2号機にサンプルが搭載され、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟の船内実験室にある冷凍庫に届けられました。ES細胞が入ったチューブは100本で1セットになっていて、合計5セットあります。今後3年間の経時的な変化を調べるため、1セットずつ5回に分けて回収します。回収した細胞について生存率、DNAの二重鎖切断、染色体異常を調べ、さらに細胞を受精卵に導入して個体を発生させ、宇宙放射線の影響を総合的に解析します。

宇宙ではサンプルを冷凍保存しておくだけですが、温度上昇は絶対に防がなくてはなりません。温度上昇の影響で細胞がダメージを受けるようなことがあってはならないからです。地上でのサンプル準備にも苦労がありました。打上げ予備群を含め1500本もの細胞入りチューブを、1日で打上げ形態にパッケージしなければなりません。液体窒素を準備し、熱電対でケースの温度を測り、極低温を保ちながら素早くパッケージするという手順を、リハーサルを繰り返して確立しました。そして、つくり上げたサンプルを細心の注意を払って米国NASAケネディ宇宙センターに輸送し、担当者に渡しました。

現在のところ冷凍庫の温度上昇もなく、世界で初めてのES細胞の長期被曝実験は順調に進んでいます。Stem Cellsの研究結果は、宇宙放射線が発生や次世代へ及ぼす影響の推定に有効な情報になります。さらに、宇宙実験のような貴重な機会を成功に導く信頼性の高い管理技術、作業を迅速に行うための器具の工夫、文書作成や人員配置は、宇宙分野に限らず、細胞サンプルの輸送保管技術にも役立ちます。

(矢野幸子)

大阪市立大学大学院医学研究科遺伝子制御学研究室での細胞試料パッケージ作業