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ISASコラム

第9回:衛星アーキテクチャの話 福田盛介
宇宙機応用工学研究系 准教授

(ISASニュース 2013年12月 No.393掲載)

 本連載も終わりが見えてきましたので、今回は少し衛星開発の全般的なところを振り返りたいと思います。話があちこちに飛び、ぐだぐだになりそうですが、ご容赦ください。

 惑星分光観測衛星「ひさき」で使用した小型科学衛星標準バス(SPRINTバス)の開発に当たっては、久しぶりの科学衛星用バスの刷新ということもあり、宇宙研とメーカーが一丸となり技術や知恵を出し合いました。このバスには、「短期開発」や「多様なミッションへの柔軟な対応」という要件が強く求められていたので、それらに資する技術を投入していきました。中でも、データI/F(インターフェース)にSpaceWire(スペースワイヤ)を導入したのが目玉です。

 SpaceWireはESA(ヨーロッパ宇宙機関)が管理する国際標準規格ですが、SPRINTバスの開発前から、日本の大学・メーカー・JAXAから成るコミュニティ(日本SpaceWireユーザー会)のメンバーが、規格の技術的詳細を議論する国際委員会に深く参画するなど、技術の蓄積を図っていました。SpaceWireは高速データ通信の魅力ももちろんですが、我々はむしろ、標準化やモジュール化が設計・試験にもたらす大きなメリットに着目していました。実際、「ひさき」は、姿勢制御系を含む衛星のデータI/Fに、全面的にSpaceWireを導入した世界初の衛星になりました。これにより号機間の機器換装は飛躍的に楽になり、次号機のジオスペース探査衛星(ERG)では、同一のSPRINTバスを用いて、三軸衛星の「ひさき」とはまったく異なるスピン姿勢制御が実現されます。また、SpaceWireネットワークはスケーラブルに拡張できるので、次期X線天文衛星ASTRO-Hなどのより大型の衛星では、さらに規模を拡大して展開されます。

図1 SpaceWireによるネットワーク・アーキテクチャ
機器間のデータI/FがSpaceWireに統一されるとともに、計算機は異なるサブシステム間で標準化されている。標準計算機は、衛星ごとに使用するセンサなどが変更になっても、再利用が可能となっている。

 SPRINTバスにおけるSpaceWireのように、衛星の基本的な成り立ち(アーキテクチャ)を根っこから変革するシステム・サブシステム技術を次世代に備えて獲得しておくため、「ひさき」の開発着手と同時期の2008年度から、宇宙工学委員会のもとに「次世代小型標準バス技術ワーキンググループ」を立ち上げ、研究活動を行ってきました。そこでは、熱設計の在り方を根本的に変えて(なくして?)しまう自励振動ヒートパイプによる「熱設計フリーシステム」や、推進系周辺の作業や試験の敷居を画期的に下げるHAN(硝酸ヒドロキシルアンモニウム)系の低毒性推進系技術など、さまざまな新しい技術の芽を現場投入手前のレベルまで育ててきています。このワーキンググループでは、SPRINTバスと同様に「短期開発」や「柔軟性」に研究の軸足を置いてきましたが、昨今の「イプシロンロケットによる探査」を追求するトレンドから、今後は「小型化」の要求が強く加わってくると思われます。SPRINTバスでは、重量の余裕を標準化や柔軟性の確保に振り向けてきた背景があるため、「小型化」に当たっては、もう一段二段の発想の展開や技術の革新が必要と感じるところです。

 さて、「ひさき」ではSpaceWireの導入などモジュール化を推し進めました。しかし、こと小ぶりの衛星を早くつくるということに対しては、モジュール化技術のある種の肝ともいえる、系ごとの内部隠蔽が進み過ぎることや、システムエンジニアリングによる作業の匿名化を必要以上に求めることには、デメリットもあります。それは、特に開発体制や設計確認など、人間が関わる部分で顕著です。少品種を短期に、かつ性能を担保して開発するには、動機づけの高いスモールチームや、匿名でないバイ・ネームの個人の頑張りや、「これは俺の仕事/あれはおまえの仕事」的なきれいにI/Fが切られた世界とは一線を画す、泥くさい開発体制が必要な局面も多々あります。SPRINT-Aの開発・試験現場でも、このような意識は打上げが近づくにつれて高まっていき、内之浦の射場作業では、JAXA・メーカーのチーム員が老若男女入り混じり、もともと各々が担当していた分野を越えて、ただ「成功」のためにできることは皆ですべてやるという意識で一丸になれました。これには非常に大きな感慨を覚えましたし、本来、小型科学衛星が目指すべき方向性のヒントがそこにあるようにも思えました。

 予想通り、最後はややぐだぐだになりましたが、最終回はチームの大黒柱の中谷幸司さんが(開発現場でいつもそうだったように)びしっと締めてくれます。

図2 長い射場生活で苦楽を共にした「ひさき」チーム
(ECC正面・8月23日撮影)

(ふくだ・せいすけ)