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ISASコラム

第7回:電源システム 高橋優
電子部品・デバイス・電源グループ 開発員

(ISASニュース 2013年10月 No.391掲載)

 惑星分光観測衛星「ひさき」は、9月14日14時00分、内之浦宇宙空間観測所からイプシロンロケット試験機で無事に打ち上げられ、現在、上空947〜1157kmの楕円軌道を周回しています。太陽電池パネル(SAP)で発電した電力で機器は正常に動作しており、姿勢も安定、通信状況も良好です。極端紫外光による惑星観測に向けて、着々と準備を進めています。

 「ひさき」の電源システムは、太陽電池パネル、電力制御器、バッテリーで構成されています。

 衛星のバス部側面に取り付けられた黒い板が太陽電池パネルです。ロケットのフェアリングに収納できるように、図1のようにパネルを折り畳んだ状態で打ち上げられます。写真で見えている太陽電池パネルは発電するセル面の裏側で、発電した電力を衛星に供給するための白い配線が見えるかと思います。

図1 ロケットに結合した「ひさき」

 太陽電池パネルが展開して太陽電池セルに太陽光が当たれば、発電した電気を各機器に供給することができます。「ひさき」は小型科学衛星標準バス(SPRINTバス)を採用したJAXAで最初の衛星です。標準バスでは太陽電池の回路構成やパネルの展開機構は共通ですが、各衛星で必要とする電力は異なるので、1翼当たりのパネル数は自由に選択します。「ひさき」は、1翼当たりパネル2枚の2翼構成で、約4m2の太陽電池で900W以上の電力を発電することが可能です。太陽電池セルには、地上で通常用いられているシリコン太陽電池に比べ2倍ほど効率よく発電できる、3接合太陽電池セルを採用しています。

 900W以上発電可能と書きましたが、衛星は常に900Wの電力を必要としているわけではありません。例えば、打上げ後しばらくはミッション機器がOFFであるため、極端紫外光観測時より必要な電力は少なくなります。そこで、電力制御器が必要です。「ひさき」を含め標準バスでは、電力制御器としてAPR(アレイパワーレギュレータ)を用いています。APRは、スイッチングレギュレータ方式で太陽電池パネル発生電力を降圧安定化させています。APRは地球周回衛星から惑星探査機まで対応可能で、まさに標準バスに最適な機器といえます。また、専用の充電器の削除や回路の簡潔化が可能であるため、小型で軽量にできることや、費用を安くできることも、APRの特徴です。

 「ひさき」は1周106分ほどで地球を周回しており、そのうち35分ほどが日陰期間です。日陰時は、太陽電池で発電することができないため、バス部に搭載されたリチウムイオンバッテリーから機器に電力を供給します。標準バスを用いる衛星では、バッテリーの種類や回路構成は共通ですが、バッテリーの容量は選択式になっており、「ひさき」のバッテリー容量は50Ahです。

 バッテリーには電気を供給できる量に限りがあるので、日照時の太陽電池の発電によるバッテリーの充電が必要不可欠です。それ故ロケットから分離した衛星が太陽電池パネルを展開できなかったら、もしくは展開しても太陽方向に太陽電池パネルを向けることができなかったら、バッテリーを充電できず、衛星の生死に関わる大問題になります。ほかにも、バッテリーの電圧が異常に下がっていたら、バッテリー温度が異常な値だったら、などのさまざまな異常事態に備えて、打上げ前には入念に対策を練ります。衛星全体で検討した異常ケースは計100以上にもなりました。

 ですが、皆さんご存知の通り、今回の打上げは、それらの検討が無駄になるほど順調でした。図2が、打上げ30分後からの太陽電池パネル電圧とバッテリー電圧のテレメトリデータです。図2では、継続したテレメトリデータが見えていますが、リアルタイムではアンテナから衛星が見える(可視)位置にいるときしかテレメトリデータを見ることができません。

 衛星分離・太陽電池パネル展開後の運用時に、太陽電池パネル電圧が想定通りの正常な値を示していることを確認したときは、衛星管制室では自然と拍手喝采が湧き起こりました。

図2 太陽電池パネル電圧(SAP_V)とバッテリー電圧(BAT_V) のテレメトリデータ

(たかはし・ゆう)