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ISASコラム

第3回:NESSIE宇宙の旅 久木田 明夫 SPRINT-Aプロジェクトチーム

(ISASニュース 2013年6月 No.387掲載)

 NESSIE(Next-generation Small Satellite Instrument for EPS)は、惑星分光観測衛星SPRINT-Aに搭載されるオプション実験機で、次世代電源系機器の宇宙実証を目的としています。

 我々がNESSIE開発を本格的に開始したのが、2011年の初めのことでした。それから2年以上がたち、ようやく打上げを迎えようとしています。もちろん上がってからが本番なのですが、感慨深いものがあります。

 ネス湖のネッシー(nessie)が初めて目撃されたのがいつかは不明ですが、1933年から多く目撃されるようになったようです。近ごろはイッシーやクッシーも含め、どれもまったく話を聞かなくなりましたが、ネッシー世代なのでその名前はしっかりと頭に刷り込まれています。

 そんな我々が実験機をNESSIEと命名することになったのが2011年の2月。開発ネームを付けることができるのは、開発チームの特権です。名付けた分、愛着が湧くというものです。近ごろはアクセサリー売り場に行っても、おもちゃ売り場に行っても、ぬいぐるみを見に行っても、ネッシーはないかな? と探してしまいます。

 近ごろテレビCMでよく使われる「詳しくはwebで!」に倣って、GoogleでもYahoo!でも検索してしまいます。しかし、我々のNESSIEは残念ながらヒットしません。「きょくたん」(詳しくはwebで!)ばりのマスコットをつくり、ヒットするようにしたいところです。そのためにも十分な成果を挙げなければなりません。

 ところでNESSIEは、竜の姿をしているわけではなく、カマボコのような形をしています。このカマボコ形というのが重要なのです。


NESSIEの外観

 NESSIEの目的の一つは、薄膜太陽電池の宇宙実証です。太陽電池が世界で初めて実用化されたのは1958年のアメリカの人工衛星 Vanguard1で、地上においてより前のことです。これにはシリコンの単結晶太陽電池が搭載されました。日本の人工衛星も過去にはシリコンの単結晶太陽電池が使われていましたが、現在は化合物半導体系の3接合太陽電池が使われています。

 3接合太陽電池の光エネルギーから電気エネルギーへの変換効率は約30%ですが、硬く、曲げることはできません。厚さは150マイクロメートル程度あります。一方、NESSIEに搭載される薄膜3接合太陽電池は、名前のごとく約20マイクロメートルという薄さで、柔軟で曲げることができます。変換効率も30%以上あります。太陽電池セルだけで性能を比較すると、従来の3接合太陽電池の出力密度が1g当たり0.4ワットであるのに対し、薄膜型は6〜7ワットと1桁違います。軽くて柔軟で高性能、これまでのように硬い平面パネルにセルを並べる必要はありません。

 そこでカマボコ形です。せっかくの軽い・薄い・柔軟といった特徴を活かすため、薄い炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の板に薄膜太陽電池セルを並べたアレイシートを貼り、剛性を確保するためにカマボコ形にしたのです。残念ながら実際に持ち上げていただくことはできませんが、見た目からは考えられないくらい軽いですよ。

 このカマボコを開けると、中にはアルミラミネート型のリチウムイオンキャパシタ(LIC)が搭載されています。電池じゃありませんよ! LICの宇宙実証が、NESSIEのもう一つの目的です。

 近年、パソコンも携帯電話も人工衛星も、そのエネルギー密度(1kg当たりの蓄電できる電気エネルギー)の高さから、リチウムイオン二次電池(LIB)が使用されています。しかし、安全性を確保するために制御回路を設けたり、劣化を抑えるために容量の一部分しか使わないようにしたり、温度制御をしたり、充放電電流を制限したりと、いろいろな工夫を施して使用しています。

 NESSIEはバッテリーの代わりにLICを使い、日陰時の電力源としています。LICは、エネルギー密度ではLIBの数分の1と少ないのですが、魅力的な特徴がたくさんあります。まず、内部に酸化物を持たないので原理的に熱暴走しないため、高い安全性を持っています。また、深い放電深度で充放電を繰り返してもサイクル劣化は少なく、逆に開放状態で長期間保存していても高い容量維持率を誇ります。さらに、大電流の充放電も得意、かつ動作温度範囲も広いので、長期間運用する人工衛星や有人ミッションに有用だと考えています。これでエネルギー密度が高ければ申し分ないんだけどなぁ……。欲張り過ぎてはいけませんね。

 NESSIEで宇宙実証予定の薄膜太陽電池アレイシートもカマボコ形もリチウムイオンキャパシタも、宇宙に行ったことがありません。電源機器は、優れた新しい技術をすぐに人工衛星に使えません。もし壊れたら、衛星の機能をすべてなくしてしまうからです。だからこそ、宇宙環境で正しく動作することを実証機で確認し、宇宙環境下でのデータを取得することは将来の宇宙機のためにも非常に大切なことです。

 NESSIEは、SPRINT-Aにオプション実験として搭載され、この夏に打上げ予定です。とんがり帽子(=フードつき望遠鏡)のSPRINT-Aと共に応援よろしくお願いします。


(くきた・あきお)