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ISASコラム

第1回:惑星分光観測衛星とは 澤井 秀次郎 宇宙飛翔工学研究系 准教授 SPRINT-Aプロジェクトマネージャーム

(ISASニュース 2013年4月 No.385掲載)

 惑星分光観測衛星(開発コード名:SPRINT-A)は、今年、イプシロンロケット試験機によって、内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられる予定の小型科学衛星です(図1)。この衛星には、主ミッションである「極端紫外線望遠鏡」(EXCEED:Extreme Ultraviolet Spectroscope for Exospheric Dynamics)と共に、オプション実験として「次世代小型衛星電源系要素技術実証システム」(NESSIE:Next-generation Small Satellite Instrument for Electric Power System)を搭載する計画で、2009年1月から本格的に開発をしてきました。

図1 惑星分光観測衛星(フライトモデル)

 この衛星は、イプシロンロケットによって打ち上げられた後、地球表面から1000kmくらいの高さの宇宙空間を飛翔し、約1年間、観測・実験を行うことを計画しています。

 本衛星の主ミッションであるEXCEEDは、金星、火星、木星といった惑星の観測を行うための望遠鏡(正確には分光器)です。EXCEEDは、極端紫外線という波長に特化した観測を行うことが特徴で、それによって太陽風と関係する2つの科学研究を世界で初めて実施する予定です。

 EXCEEDが行う1つ目の科学は、「惑星大気の流出メカニズムの研究」です。火星・地球・金星にはそれぞれ大気が存在しますが、火星の大気は薄いのに対して、私たちの地球の大気は厚く、水の惑星と呼ばれています。また、太陽に近い金星にも厚い大気があります。現在、私たちは、惑星大気のこうした違いを説明できないでいます。この違いが生じる理由を解明するには、太陽風によって惑星の上層大気が剥ぎ取られる現象を観察し、定量的に評価することが必要です。EXCEEDでは、地球大気の影響を受けない宇宙空間から金星と火星を観測して、それぞれの惑星の上層大気の様子をマクロに観察する予定です。

 2つ目の科学は、「磁気圏内部と太陽風の相互作用の研究」です。従来、木星の強力な磁気圏内部には太陽風が影響を与えていないと考えられてきましたが、それに対して現在、いくつかの反証が出てきていると指摘されています。この疑問に答えるため、木星の観測を実施する予定です。この観測を通じて、木星や地球などの惑星環境が磁気圏によって太陽風から守られている仕組みを、より深く理解できるようになると考えています。

 惑星分光観測衛星は、このような観測を行うほか、セミオーダーメイド型の柔軟な標準バスである「SPRINTバス」を使用した初号機である、という特徴があります。SPRINTバスは図2に示すように、さまざまなミッションに対応できる設計柔軟性を有するものとして開発が進められています。「バス」とは、衛星で共通の機能を実現する基本部分です。衛星全体への電力供給や地球との通信、衛星の姿勢制御、また衛星の温度を一定の範囲に保つ、などの機能を担います。SPRINTバスでは、これらの機能を実現する標準的なモジュール群をあらかじめ用意しておき、それら組み替え可能なモジュールの組み合わせによって所望の機能を有する衛星を実現しようと考えています。共同研究として協力している宇宙システム開発利用推進機構の地球観測衛星ASNAROは、この枠組みを共有するいわば兄弟衛星です。


図2 設計柔軟性を有するSPRINTバス

 また、衛星内だけではなく地上管制用ソフトウェアもモジュール化し、衛星打上げ前の試験から打上げ後の運用までを統一的に扱う新しい管制システムである「GSTOS」にも、この衛星から対応する予定です。

 ここで紹介した衛星開発の新しい枠組みは、本衛星以降、次期X線天文衛星ASTRO-Hを含む多くの科学衛星で本格的に活用されていくと期待しています。小型科学衛星である惑星分光観測衛星は、いわばプリカーサ(先駆者)として、この部分の技術実証をする使命も負っています。

 本衛星は比較的小規模なものではありますが、極端紫外線による惑星の本格観測という新たな観測分野を開拓するものであり、かつ新しい衛星開発アーキテクチャに挑戦する取り組みでもあると自負しています。この挑戦を成功裏に開発・運用することを通じて、小規模衛星が果たす役割を実証し、宇宙科学の発展に寄与したいと考えています。

 これから、この連載の中で、この惑星分光観測衛星のさまざまな側面を紹介していきたいと思います。ぜひご期待ください。


(さわい・しゅうじろう)