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ISASコラム

第16回:生物の最小単位から宇宙環境の生体への影響を探る細胞生物研究プロジェクト 宇宙環境利用科学研究系 助教 東端 晃

(ISASニュース 2010年2月 No.347掲載)

 2008年中ごろから国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の運用が本格的に開始され、これまで数年かけて準備を進めてきたライフサイエンス系の実験が、「きぼう」内に設置された細胞培養装置やクリーンベンチを利用して実施されています。

 今回紹介する宇宙実験は、ライフサイエンス系研究の中でも細胞生物研究プロジェクトとして位置付けており、宇宙環境における生物への影響について、生命の最小単位である“細胞”の内部で起こるさまざまな現象を分子レベル(遺伝子やタンパク質)で解析し、宇宙環境への生物の適応、影響の多様性についての基礎生物学的知見の獲得を目指した研究テーマで構成されています。この中にはISSプログラムに参加している国際パートナーと共同で行っている国際公募で選定された二つのテーマが含まれています。

 一つ目は、モデル生物として基礎生物の領域では広く実験材料に用いられている線虫を使用したもので、2005年に宇宙実験テーマとして選定されたCERISEです。代表研究者は2004年に行われた第1回線虫国際共同実験(ICE-First)にも参加された東北大学の東谷篤志教授で、RNAi(RNA interference:人工的に遺伝子発現を抑制させる技術)と、タンパク質のリン酸化に対する微小重力の影響を評価しようとする実験です。RNAiは遺伝子治療への応用など医療の現場でも注目されている技術ですが、宇宙でも地上と同様に有効であるかどうかはいまだに確かめられていません。また、タンパク質のリン酸化についても、生体内の各反応で重要なスイッチの役割を果たすことは知られていますが、宇宙環境においてどのような分子がリン酸化されているか網羅的に解析されていません。
図1 CERISEのフライト試料を準備する代表研究者の東谷篤志教授と研究チームの森ちひろさん
図2 CERISEの実験試料である線虫の顕微鏡写真(右:蛍光画像)
 CERISEは、2009年11月16日にスペースシャトル・アトランティス号(STS-129/ULF3)で打ち上げられ、約10日間の軌道上実験を行いました。この軌道上実験に先立ち、東谷教授をはじめとする研究チームは、打上げの約3週間前から射点であるNASAケネディ宇宙センター(KSC)の実験室でフライト試料の準備を進めました。幸いにもアトランティス号は遅延することなく打ち上げられ、予定通り実験を開始することができました。軌道上実験開始後、いくつかのトラブルに見舞われながらも最後のステップまで完了することができ、筑波宇宙センターのユーザーオペレーションエリアでは、「きぼう」に設置されたクリーンベンチ内の顕微鏡から試料のライブ映像が送信された瞬間には、この実験を各方面から支えた各担当者からも拍手が起きました。CERISEの実験試料は顕微鏡観察後に凍結され、2010年2月に打上げ予定のスペースシャトル・エンデバー号により帰還し、その後1年ほどかけて詳細な解析を行う予定です。

 二つ目は、ラットの筋芽細胞を用いた筋委縮のメカニズムについて解明することを目的とした宇宙実験テーマです。このテーマはMyo Labと名付けられ、2002年の第4回ライフサイエンス国際公募で選定されました。代表研究者は徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部の二川健教授です。二川教授は1998年に実施されたSTS-90/Neuro Labのプロジェクトに参加し、宇宙飛行をしたラット個体において、筋肉の形成に関するある特定の分子が特異的に分解されていることを見いだしました。その後、数々の地上実験から微小重力環境において起こる筋委縮の鍵となる分子を絞り込み、今回のMyo Labの構想へと発展させました。
図3 Myo LabチームのKSCでの射場リハーサル
 Myo Labは2010年に打上げ予定のSTS-131/19Aに搭載され、「きぼう」内に設定されている細胞培養装置およびクリーンベンチを利用して、約2週間実験を行います。この実験では、宇宙飛行で避けられない現象である筋肉の委縮について、生体がどのようなメカニズムで重力(無重力)を感知し、また、どのような生体内反応で筋肉の委縮が引き起こされるかを分子レベルで明らかにすることを目的としています。この宇宙実験の結果は、地上での寝たきりなどによって引き起こされる筋委縮への対処にも大きく貢献できると期待されています。