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ISASコラム

第13回:宇宙初の植物実験を目指す 宇宙環境利用センター 開発員 矢野幸子

(ISASニュース 2009年10月 No.343掲載)

 植物は、根を地下に伸ばして水分と栄養分を吸収し、茎を地上に伸ばして葉で光合成を行っています。動物でいうところの骨や筋肉の役割を持つ、茎の細胞壁を丈夫にすることによって、自分の重みで茎が倒れないようにしています。また植物は、日照の変化や風などさまざまな環境に取り囲まれている中で、上へ成長するための情報として、地上では変化のない重力を選びました。つまり、成長の方向を決めるために重力を利用しています。では、重力のない宇宙で植物はどう成長するのでしょうか。
 この問題に答えるために、細胞培養実験に続き、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で植物の生育実験「微小重力環境における高等植物の生活環」(代表研究者:富山大学 神阪盛一郎客員教授)を実施します。この実験では、細胞培養装置(CBEF:Cell Biology Experiment Facility)と植物実験ユニット(PEU:Plant Experiment Unit)を用いて、植物の生活環、すなわち発芽・葉や茎の生長・受精・胚発生・種子形成に対する重力の影響を、形態変化とその背景にある遺伝子の働きの変化に注目して調べます。この実験はSpace Seedという愛称で呼ばれています。
 CBEFは、2008年3月に土井隆雄宇宙飛行士の乗ったスペースシャトルでISSに運ばれた共通実験装置です。微小重力実験区と人工重力区を備え、庫内の温度・湿度を一定に保つことのできるインキュベータ(恒温恒湿槽)です。微小重力条件下での対照実験ができるターンテーブルを持つことが特徴です。
図1 植物実験ユニット(PEU)
約21×13×8cmに多機能を詰め込んでいる。細胞培養装置から供給される電力を有効に使うため、赤と青のLEDで植物を生育する。
 PEU(図1)は、本実験のための実験試料(乾燥種子)、生育用照明、給水システム、換気システム、観察システムを備えており、CBEFに接続して使います。2009年8月打上げのスペースシャトルでISSに届けられました。その後約2ヶ月にわたり、植物の生長を観察する実験を行います。PEU内部機器の制御は、付属の実験用ラップトップ(ELT:Experiment Laptop Terminal)によって行います。照明は連続光を照射し、給水は植物の生長により蒸散量が変わるためフィードバック運転になっています。容器内の湿度が上がり過ぎると受粉や結実に影響するため、換気ポンプで容器内の換気を行います。容器近傍温度を微調整するためにヒータも付いています。このように植物の生育に必要な環境条件を整えるための内部機器は運転プログラムにより制御されており、運転ファイルにはポンプの運転タイミング、ヒータのON/OFF条件などが記載されています。クルーが実験開始操作をした後は自律運転となり、容器内の温湿度データ、給水/換気ポンプ・ヒータのステ−タスなどのログを収集します。実験中は1日2回ログファイルを地上にダウンリンクして、実験状況を確認します。生長のフェーズに応じて適切な条件を記載した運転ファイルを地上から送り、書き換えます。植物の生長の様子は内部カメラで撮影し、その画像は1日1回、共通実験装置の画像取得処理装置を経由して地上にダウンリンクします。

図2 植物実験ユニット内部で生育させた植物の様子(地上実験)
 このように宇宙での植物の画像を地上に送って毎日観察するだけでなく、宇宙で採れた種子を地球に持ち帰り発芽させて生育状態を観察し、地上と宇宙の違い、普通の生育との違いなどを調べます。
 もう一つ、植物の細胞壁に関する実験もします。重力のない環境で細胞壁構築にかかわる遺伝子の働きがライフサイクルの各段階でどのように変化するかを、宇宙で育てた植物を化学固定して冷蔵または冷凍状態で地球に持ち帰って調べます。
 この実験に使うシロイヌナズナは、種子が発芽し次の世代の種子が採れるまでに約60日間と、ライフサイクルが植物の中では短いことが特徴です。また、高等植物の中で最も早く全ゲノムが解読され、ライフサイクルに対する重力の影響を遺伝子レベルで解析することが可能になりました。それでも、このような実験は、2週間程度の飛行期間しかないスペースシャトルでは行うことができませんでした。また、微小重力区と人工重力区(1g)で同時に植物を育成して種子を採る対照実験は、成功すれば世界初となります。長期滞在が可能なISSならではの実験です。この実験によって、将来宇宙で植物生産を行うために必要な基礎情報が得られることを期待しています。