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ISASコラム

第9回:「きぼう」のマイクロG環境 有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙環境利用センター
後藤雅享

(ISASニュース 2009年6月 No.339掲載)

 国際宇宙ステーションは本当に静かなのか? 宇宙実験を行う場所として使えるのか? 宇宙で実験をする大きなメリットの一つは重力の影響が極めて小さい環境が長期間得られることであるため、「きぼう」が打ち上がるまでは誰もがこの疑問を持っていました。宇宙ステーションは長期間実験や人の手が必要な複雑な実験が実施可能である代わりに、多くの機器がひしめき合い、かつ狭い空間で宇宙飛行士が活動するため、微小な振動は発生してしまいます。また、スペースシャトルなどの輸送船が頻繁にやって来るし、軌道補正やデブリ回避のための姿勢変更も行っています。このような状況の宇宙ステーションは、実際にどのような振動環境なのかをご紹介したいと思います。
 現在、「きぼう」で運用されている日本の実験ラックは2台あり、その表面に微小重力計測システム(Microgravity Measurement Apparatus:MMA)という加速度センサーが備え付けられています。それにより、「きぼう」の振動環境をいつでも測定できるようになりました。この加速度データは実験実施者に提供され、実験データ解析に役立てられています。また、輸送船のドッキングなど宇宙ステーションにおいて一般的なイベント時に計測を行うことで、イベント中に実験ができる環境かどうかを、今後のために検証しています。
「きぼう」で計測したデータを見てまず分かったのが、地上と同じく昼間よりも夜の方が静かであるということです。すなわち、宇宙飛行士の活動によって発生する振動成分が比較的大きいということになります。振動は物体の結合方法や質量、剛性によって伝播特性が異なるため、測定する個所によって振動成分が異なりますが、「きぼう」与圧区画の実験ラック表面で測定した結果によると、宇宙飛行士が実験環境に対して発生させる振動は約0.1〜4Hzであることが分かっています。この帯域では、就寝時間になると振幅が激減し、起床時間になると一定のレベルで常時振動が発生しています。マランゴニ対流実験で形成している液柱の固有振動数は0.3Hz付近であるため、宇宙飛行士が発生させる振動とぴったり合ってしまいます。このことがマランゴニ対流実験前の事前加速度計測で分かったので、実験は夜間に計画するルールになりました。このように、宇宙実験をより良い環境で実施するためにも加速度計測は行われています。
 最も振動が少ない時間帯に測定したデータと「きぼう」打上げ前に地上で実施した国際宇宙ステーション全体解析結果を比較(図1)すると、全周波数帯にわたってステーションの振動環境目標ライン(赤線)を下回っています。これは、「きぼう」と実験ラックとの結合条件が計算では完全に模擬できなかったことや、宇宙ステーションの振動伝達関数に過剰な値を設定したことによるものと考えています。加えて、「きぼう」内の機器が発生させる振動が極めて小さいことが挙げられます。「きぼう」内のほとんどの機器を遮断したときのデータを取得したのですが、大きな差異は見られませんでした。結果として、現在の「きぼう」は非常に振動擾乱が少なく、宇宙実験に適した環境であるといえます。
図1 「きぼう」内実験ラックにおける振動環境の解析値と計測値の比較
 次に、ごく一般的な日中の振動環境(図2)では、前述した通り宇宙飛行士の活動による振動が大きくなります。振動レベルは1/3オクターブバンド換算で10-5Gのオーダーとなり、約0.3Hzに常にピークを持っています。また、宇宙飛行士は筋力維持のために、1日数時間の運動が義務付けられています。運動中は運動機器の種類によって特徴的な比較的大きいレベルの振動を発生します。自転車型の運動機器では、ペダルの回転数が振動の主成分として発生するのですが、そのほかにペダルをこぐ上で必要な肩の揺れが発生します。人体の構造的に、必ずペダル回転数の2倍の周波数になるのが面白いところです。

図2 国際宇宙ステーションにおける代表的な振動源
 これまでJAXAが宇宙で取得したデータおよびNASAによって取得されたデータは、新しいウィンドウが開きます国際宇宙環境利用研究データベースからダウンロードすることができます。このようなデータが広く研究に役立っていくことを願っています。