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ISASコラム

第8回:平らに成長する結晶 Facet実験

(ISASニュース 2009年5月 No.338掲載)

 「ファセット的セル状結晶成長機構の研究」(研究代表者:稲富裕光)、略称「Facet実験」が4月初旬から始まりました。Facet実験では溶液結晶化観察装置(SCOF)を使い、微小重力環境での有機結晶の形そして周囲の融液の濃度や温度の時間変化を2種類の顕微鏡を用いて計測します。
 ここで、「ファセット」と「セル状」という用語について簡単に説明します。まず、ファセット(Facet)というのは「平らな面」という意味で、宝石のように平らな面で表面が覆われたまま結晶化が進むことをファセット結晶成長と呼びます。また、セル状とは細胞(Cell)のように小さく分かれた形状を指します。つまり、ファセット的セル状結晶成長とは、平らな面で囲まれ、かつ細胞のように小さく分かれて結晶が成長する状態のことです。この成長は、電子機器材料や光学部品に多く使われている半導体や酸化物材料の製造工程でも見られます。そして、それぞれのセルの形状が変化することで結晶中に欠陥が入ったり、セル同士の境界に不純物が優先的に集まったりすることで、得られる結晶の品質低下に大きな影響を与えます。しかし、ファセット的セル状結晶成長のメカニズムはいまだはっきりと分かっていません。そして、地上で結晶成長過程を調べるときには重力によって起こる浮力対流が成長環境を乱すので、浮力対流を極力抑えた環境、つまり微小重力環境での実験が必要になります。
 本実験では試料として、半導体や酸化物の代わりにモデル物質であるザロール/ブタノールの混合物質を用います。この有機物質は、融液・結晶ともに光に対して透明で、融点が30〜40℃程度、化学的に安定でかつファセット面が簡単に現れるので、宇宙実験用に向いています。「きぼう」での実験方法は以下の通りです。
 まず、試料の入った石英ガラス製容器の両端に温度差を与えながら加熱し、部分的に溶融した後に冷却することで結晶成長を開始します。結晶の形のわずかな変化は振幅変調顕微鏡でとらえます。また、物質の屈折率が濃度や温度そして光源の波長により変化する性質に注目し、2波長マッハツェンダー型干渉顕微鏡を用いて濃度分布と温度分布を同時に計測します(図1)。
図1 振幅変調顕微鏡(左上)とマッハツェンダー型干渉顕微鏡(右上・右下)で同時観察したファセット結晶成長の例(地上実験)
 Facet実験用に製作した小型実験装置(供試体)には上記の石英ガラス製容器、そして温度計測・制御機能が組み込まれており、この供試体2個が円盤状のカートリッジの中に収められました(図2)。昨年11月、供試体カートリッジを搭載したプログレス補給船がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられました。そして4月、若田光一宇宙飛行士による供試体カートリッジのSCOFへの取り付け作業の後、実験が開始されました。今後6月まで約3ヶ月にわたり、さまざまな温度、濃度を組み合わせた実験条件により、ファセット結晶成長過程を繰り返し観察します。

図2 供試体カートリッジ内部
 このFacet実験によってファセット結晶成長過程が定量的に明らかになれば、実際の材料製造工程への応用が期待できます。また、天然の鉱物がどのようにしてできるかについても理解が深まると考えられます。さらに、「きぼう」でのファセット的セル状結晶と氷結晶の成長実験、そして以前から精力的に行われてきた金属の一方向凝固に関する宇宙実験で得られた知見をもとに、分子的に見て平坦な面から分子的に荒れた面にわたるさまざまな結晶の成長表面で起こっている現象を、総合的に理解することにもつながります。