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ISASコラム

第3回:マランゴニ対流実験で新たな発見が

(ISASニュース 2008年10月 No.331掲載)

 国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」でのマランゴニ対流実験も順調に進み、着々とデータを取得してきており、非常に興味深い現象が明らかになりつつあります。今回は、実験運用についてと、これまでに得られた成果について簡単に触れたいと思います。

 宇宙ステーションでの実験の特徴は何でしょうか?

 いくつか挙げられますが、その中でも有人施設であることは非常に大きなファクターかと思います。宇宙飛行士による実験装置の組み立て、メンテナンス、実験操作などが可能になります。それにより、実験の自由度が高くなることは非常に大きなメリットです。その一方で、閉鎖空間で活動している宇宙飛行士を危険にさらすことはあってはならないので、実験装置に対する安全要求は非常に厳しくなります。

 今回のマランゴニ実験では、実験供試体を組み立て、装置へと組み込む作業が宇宙飛行士により行われました。実験中はすべて地上からのコマンドにより操作が行われます。液柱(円柱形状の液体)は上下のディスク間に液体を挟んだ構造になっているので、振動(g-jitter)に敏感です。宇宙飛行士の活動は主に0.1Hzから10Hzの間の振動源になるため、彼らの就寝時間を狙って実験を行います。通常は、日本時間の6時30分から15時までが就寝時間に計画されているので、その間が実験時間となります。

 実験運用は、筑波宇宙センターのユーザ運用エリアで行っています。研究者2名、学生6名および実験運用の取りまとめの役割を担うユーザインテグレーター1名の研究チーム体制により、宇宙実験を行っています。研究チームは、リアルタイムでダウンリンクされる画像や温度などの実験データを見ながら、温度プロファイル調整や、軌道上での画像録画、液柱形状調整などを要求します。それらの要求は、実験ラックを地上から管制しているRack OfficerとRack Operatorにより実験装置制御のコマンドが送信され、時々刻々最適な実験条件となるように制御されます。また、タイムラインを管理するJPOC、実験ペイロードを管理するJEM PAYLOADSが実験運用を直接担います。実験運用はJEMシステムやNASAなどとも緊密な連携を取りながら進められます。実験データやコマンドは、NASA経由で筑波宇宙センターとISSとをつないでデータやコマンドのやりとりが行われます。そのため、NASAの施設がなんらかの理由で閉鎖されると実験ができなくなります。実際、ハリケーンIke(アイク)がジョンソン宇宙センターを直撃し、閉鎖されたことがありました。このときは1週間ほど実験が中止となりやきもきしました。しかし、国内のみならず国際的な協力を得ながら実験が行われていることを、まさに身をもって実感した瞬間でもありました。

 これまでに得られた成果について概略すると、以下になります。

 まず技術的には、装置/実験供試体はほぼ正常にすべての機能が動作しています。その機能により、直径30mm×長さ60mmの液柱が形成でき、マランゴニ対流の観察、温度データなどの計測が適切に実施できました。世界最大級の大型液柱は形成されるまでは崩壊しないかと緊張しましたが、無事形成できた液柱は、大迫力、素晴らしくきれいで、その瞬間にはみんなで感動を分かち合いました。

 科学的な成果について、この原稿を書いている時点での結果を整理すると、次の2点となります。大型の液柱によるマランゴニ対流について、小型ロケットやスペースシャトルを使った宇宙実験が行われてきましたが、振動流に遷移する臨界値が正確に観測されておらず、対流の強さを示す無次元数であるマランゴニ数がサイズ依存性を持つ結果となっていました。今回の実験では、宇宙ステーションの長時間微小重力環境の利点を活かし繰り返し実験ができること、リアルタイムで画像や温度データを確認しながら温度条件などをその場で変更可能なフレキシブルな実験装置、運用体制により狙った条件への調整ができることなどによって、精密な臨界値測定ができました。その結果、これまでパラドックスとされていたサイズ依存性について結論が出されようとしています。また、長さ60mmの液柱の振動流において、非定常的な温度分布が取得できました。特に、赤外線カメラの画像では、温度の高低のしま模様が床屋の店先にあるバーバースタンドのように移り変わっていく様子が観察されました。これは、理論検証となる、世界でも初めての実験データです。今後の詳細な解析と理論との突き合わせが非常に楽しみです。
最大の液柱形成の感動を分かち合う研究チームと実験運用担当者
後列右から4番目が代表研究者の河村教授、右から5番目が筆者。後ろの画面に液柱が映し出されている。