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ISASコラム

最終回:月の起源と進化の謎に挑む「かぐや」

(ISASニュース 2008年4月 No.325掲載)

 月は我々の住む地球の唯一の衛星であり、最も近い天体である。地球と月の起源と形成過程(以下、進化)は密接に関係する一方、両者はまったく異なる進化を経て現在に至っている。これまでリモートセンシングやサンプル分析など、さまざまな角度から月の研究が行われているが、研究が進むにつれ、その多様性が明らかになり、謎は深まっている。「かぐや」の複数機器から得られる科学データは、月の起源と進化の解明という難題に多角的に挑む。


これまでの月科学の流れ
 1960年代から1970年代にかけて、米国のアポロ探査および旧ソ連のルナ探査により約382kgの月試料が持ち帰られ、月の起源や進化についての理解が格段に進んだ。火星サイズの天体が原始地球に衝突し、その両天体のかけらが集積し月が形成されたとする「ジャイアントインパクト説」や、月の表層数百kmを覆うマグマの海から斜長岩質の地殻とかんらん石や輝石に富むマントルが形成されたとする「マグマオーシャン説」が提唱された。これらのモデルの導入により、月の起源と進化に係る議論は、ひとまず決着がついたと思われた。

 1990年代に入り、米国のクレメンタイン衛星およびルナプロスペクタ衛星による鉄やトリウムの全球マッピングの結果、月表層組成の多様性が明らかになった。表側の大部分は鉄に富む玄武岩に覆われ(海と呼ばれる地域)、トリウム濃度が非常に高い(裏側に比べ1桁高い濃度)(図)。一方、裏側は、南極から南半球にかけて直径約2500kmの巨大クレータが存在し、北半球には地殻に相当する斜長岩質の高地が分布する。斜長岩質高地は表側にもあるが、南半球の狭い領域に限定される。このような不均質な表層組成は、単純なマグマオーシャン説では説明がつかない。

 表側のトリウム濃集地域由来であるアポロ試料に対し、月全球の地質を理解する重要な情報源となるのが月隕石である。裏側斜長岩質高地起源の月隕石はマグネシウムに富むかんらん石を含むのに対し、表側高地起源のアポロ試料は鉄に富む輝石を含む。この表裏高地岩石の化学組成・鉱物組成の相違は、リモートセンシングおよび地上観測から得られた月高地の組成分布と調和的であり、高地を構成する地殻組成の表裏二分性が明らかになってきた(図)。また、玄武岩質の月隕石は、化学組成(特にチタン)、同位体組成、同位体年代がアポロやルナの玄武岩と異なるものが多く見つかっており、月マントル組成の不均質性や火山活動の熱源の多様性が分かってきた。


月の表裏二分性モデル図

「月の起源と進化」解明を目指して
 月の起源と進化を解明することは容易ではない。なぜなら、月形成初期のマグマオーシャン結晶化、引き続いて起きた火山活動、隕石衝突、軌道形状・自転公転周期変遷などの複合要素の総決算として、現在の複雑多様な月に至っているからだ。複雑な月進化過程をひもとくためには、全球規模での多様性を確度よく把握すること、および個々の要素の影響を見極めることが重要となる。この双方に「かぐや」の複数科学機器データは威力を発揮する。

 月には、「巨大クレータ分布」「海の分布」「密度差」「地殻組成・厚さの相違」など、さまざまな二分性がある。実はこれらの二分性は、表裏同等(質・量ともに)のデータに基づいているわけではない。裏側高地は広範囲にわたって南極巨大クレータからの放出物に覆われており、クレータ形成前の地殻組成・構造や埋もれたクレータや海の存在についてはよく分かっていない。また、岩石・鉱物組成も、裏側は地上観測データがないため、表側に比べて精度が低い。したがって、裏側の地形・重力データや連続スペクトルデータを「かぐや」が取得することで、初めて「真の」二分性を理解できる。また、表裏地殻組成の相違がマグマオーシャン固化時にどのように形成されたかを理解するためには、斜長岩質高地の元素分布や岩石・鉱物組成データが重要な手掛かりとなる。

 月全球組成および地殻構造の特定により、月の起源に迫ることができる。地球や太陽系始原物質に比べ、揮発性元素に乏しい(言い換えれば難揮発性元素[カルシウム、アルミニウム、トリウムなど]に富む)月の組成は、その起源と密接に関係する。斜長岩質地殻の組成と厚さから見積もる月全体のカルシウムとアルミニウム量や、表層トリウム分布から推定される月全体のトリウム量は、月の出発物質、つまり起源への強力な制約となる。「かぐや」に搭載された複数機器のデータに基づく融合研究により、月の起源と進化の理解が飛躍的に進むことを期待したい。