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ISASコラム

第6回 現在と40億年前の月磁場・プラズマ環境を観測する

(ISASニュース 2007年11月 No.320掲載)


月磁場・プラズマ観測装置(MAP)
 太陽とそのまわりの惑星は宇宙の中の小さな点にすぎず、周囲の宇宙空間はほとんどが真空であるように見えます。しかし、太陽からは水素などのイオンが大量に宇宙空間に放出され、その太陽風プラズマは毎秒数百kmという超音速で惑星・衛星に向かって吹き付けています。一方、地球は地磁気によって磁気圏という守備範囲を形成して、太陽風プラズマの侵入を防いでいます。月は大規模な磁場を持たず、公転により太陽風にさらされる領域と地球磁気圏への出入りを繰り返しています。「かぐや(SELENE)」に搭載された月磁場・プラズマ観測装置(MAP:MAgnetic field and Plasma experiment)は、このような現在の月の磁場・プラズマ環境を観測すると同時に、数十億年前の月磁場環境・月深部の進化を研究することを目的にしています。

 MAPは、磁場観測装置(LMAG:Lunar MAGnetometer)とプラズマ観測装置(PACE:Plasma energy Angle and Composition Experiment)の二つのサブコンポーネントで構成されています。



磁場観測装置(LMAG)
 LMAGは、センサ部とコントロール部の二つに分けられます。センサ部は、先端に3軸リングコアセンサを付けた12m伸展マストと、伸展駆動部からなります。2007年10月28日深夜にマストを展開し(図1)、観測を開始しました。LMAGによる観測データは、(1)月周囲の磁場環境観測、(2)月固有の磁気異常観測(磁場直接観測、電子反射法)、(3)月内部電気伝導度構造探査に分けられます。(1)と(2)はPACEと共同観測になり、特に月磁気異常観測ではセレーネ・サイエンスの全体テーマでもある月形成・進化の解明を目指します。

 月磁気異常は30億〜40億年前に形成されたと考えられ、最も強いものは、15km高度で約50nT(ナノテスラ:地磁気の単位)になります。磁気異常形成には何らかの磁場の存在が必要ですが、その起源として30億〜40億年前の月ダイナモの存在を考えるモデルがあります。ダイナモとは発電機のことで、磁場を生み出す天体内部の発電作用を指します。一方、火星サイズ惑星の地球衝突による月誕生という最近の地球・月形成モデルからは月コアのサイズはたかだか100kmとされ、その小ささゆえに月ダイナモは困難とも考えられています。この場合、大隕石衝突あるいは彗星衝突で発生した高温プラズマが惑星間空間磁場を圧縮したときに磁化を獲得した物質が、月磁気異常の原因になったというモデルがあります。LMAG班では、磁気異常形成時の磁場起源の解明を目指しています。



図1 「かぐや」搭載モニターカメラによる伸展マスト(左側)の画像。広角レンズのため曲がって見えるが、実際は12mまで直線的に伸びている。背景は100km下の月面。

プラズマ観測装置(PACE)
 PACEは、月のまわりの電子を計測する電子分析器2台(ESA[Electron Spectrum Analyzer]-S1とESA-S2)、太陽風イオンを計測するイオン分析器1台(IEA[Ion Energy Analyzer]-S)、そして月周辺のイオンを計測するイオン質量分析器1台(IMA[Ion Mass Analyzer]-S)で構成されています(図2)。PACEの各センサは静電分析器と呼ばれるもので、センサ内部にある球殻状の電極間に電圧をかけることで、測定する電子、イオンのエネルギーを選別します。IEA-S、IMA-Sには電気的に感度を変える機能があり、さらにIMA-Sにはイオンの質量を測定するための質量分析器が取り付けられています。分析器に飛来する電子やイオンのエネルギーを選別して1個ずつ計数することで、月周辺に存在する電子やイオンの密度、速度、温度を測定することができます。

 最近、地上からの光学観測によって月の大気にナトリウム、カリウムなどの元素がかなりの量で含まれていることが明らかとなってきました。これらの大気は月表面を起源とするものと考えられていますが、その成因はまだよく分かっていません。PACEの2台のイオン分析器IEA-SとIMA-Sは、月周辺空間でイオンのエネルギーや質量を測定することでこれらの成因を明らかにすると同時に、起源となっている月表面のナトリウム、カリウムなどのアルカリ物質の分布を調べます。PACEは12月の初めに高圧を投入し、観測を開始します。



図2 イオン質量分析器PACE-IMA