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ISASコラム

第5回 重力探査から探る月内部構造

(ISASニュース 2007年10月 No.319掲載)

 「かぐや(SELENE)」は、低い高度で月を周回する主衛星に加えて、高い高度で楕円軌道を周回するリレー衛星とVRAD衛星という二つの小型衛星から構成されています。これら子衛星には、月重力場観測のために2種類のミッション機器が搭載されています。リレー衛星に搭載された測距信号中継器(RSATミッション)と、両子衛星に備えられた相対VLBI用電波源(VRADミッション)です。重力場の観測から月の内部構造を推定し、月の誕生の謎に迫ることが我々の目標です。


RSAT/VRADミッションの観測技術
 月惑星探査機は、地上局との測距信号のやりとりを通して軌道が決まります。探査機の速度は測距信号のドップラー効果を測ることによって測定できるのですが、この測定は大変精度が高く、月の重力異常によって生じる微妙な速度のゆらぎさえも測定することができます。ただし、探査機が月の裏側に隠れると通信は途絶します。困ったことに、月はいつも同じ側を地球に向けており、地上から裏側を観察することができません。このため、月裏側の重力場はこれまで直接観測されたことがありませんでした。RSATは、裏側上空を周回中の主衛星と地上局の間の測距信号をリレー衛星が中継することで、初めて月裏側重力場の観測を試みるミッションです(図1上)。

 VLBI観測は、地球のプレート運動を実証するために開発された、とても精密な測地技術です。VRADミッションでは、リレー衛星とVRAD衛星、クェーサーの三つのうち二つを同時に相対VLBI観測することで、さらに観測精度を向上させています(図1下)。これにより、長波長の重力異常を、従来よりも1桁高い精度で決定することができます。また、測距信号の観測が地上局と衛星を結ぶ視線上の運動を測るのに対して、VLBI観測は視線と直交する運動に敏感です。したがって、重力の方向が視線と直交する縁辺部(表と裏の境目)での重力異常の解析に威力を発揮することでしょう。



図1 重力観測の概念図

重力場ミッションの科学目標
 重力観測の目標は、第一に全球の重力異常図を完成させることです。月の表面は白く明るい「高地」と暗い「海」に分かれています。月の海を埋めている溶岩は高地の地殻よりも密度が高いので、海の上では高地よりも重力が強くなります。月の海は表側に多いのですが、裏側にも重力の強い地域があると考えられています。そのうちのいくつかは、貫入岩として地下深部で噴火した溶岩かもしれません。このように、重力から地殻内部やマントル上部の構造を推測することができます。

 密度の高い溶岩は“重し”として月表層のリソスフェアをたわませます。現在の月のように、冷たくて固いリソスフェアであれば、わずかしかたわみません。しかし、誕生間もないころの熱く薄いリソスフェアは、同程度の荷重に対して大きくたわみます(図2)。したがって、重力(荷重の大きさ)と地形(たわみ具合)をスペクトル解析することで、月の冷却過程についてのヒントを得ることができるでしょう。月は表と裏で地形・地質が大きく異なっており、天体を二分するような要因が誕生直後にあったはずです。全球の重力異常図が完成することで、二分性の定量的な研究が可能となります。

 第二の目標は、月のコアの半径や組成に関する推定を絞り込んでいくことです。内部に鉄がどれだけ含まれているかは、月の起源にかかわる重要な情報です。そのために、VRADミッションでは重力ポテンシャルの二次の展開係数を解析します。その結果を秤動データと組み合わせることで、月の慣性モーメントを高精度で決定することができます。ただし、月の深部についてはまだ十分な観測データがありません。マントル下部の密度やコアに含まれる軽元素を妥当な値に仮定して、コアの半径を制約します(図2)。

 この原稿を執筆中の9月14日にH-IIA13号機が打ち上げられ、「かぐや(SELENE)」は無事に軌道に投入されました。10月9、12日には両子衛星の分離が実施され、水沢、相模原、臼田の各局でかたずをのんで見守っていたミッションチームは成功に沸き返りました。10年を超える準備期間を経て、いよいよ重力観測が始まるという興奮がじわじわと体中を浸していくようです。


図2 月内部の想像図