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ISASコラム

宇宙・夢・人

「びっくりするコンピュータ」の楽屋裏

(ISASニュース 2013年1月 No.382掲載)
 
宇宙機応用工学研究系 助教 小林 大輔
こばやし・だいすけ。1976年、長野県生まれ。博士(科学)。2005年、東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤情報学専攻博士課程修了。同年、宇宙科学研究本部宇宙探査工学研究系助手。2012年より現職。公益財団法人宇宙科学振興会第4回宇宙科学奨励賞受賞。
Q: 昨年10月、NHKラジオに出演されました。
本誌2012年5月号に寄稿した「びっくりするコンピュータ」(宇宙科学最前線)を読んだNHKの人から声が掛かり、その研究の話をしました。修正ができない生放送だったので大変でした。
Q: 「びっくりするコンピュータ」とは何ですか。
宇宙では、宇宙線と呼ばれる高エネルギー放射線が飛び交っています。衛星やロケットを動かすコンピュータチップに宇宙線が当たると、ドキッとびっくりしたような大きな電気信号が出ます。それが「びっくりするコンピュータ」と、私が呼んでいる問題です。コンピュータチップは、たくさんの小さな素子が迷路のように組み合わさってできています。これらの素子は宇宙線に弱く、それを受けるとびっくりして計算を間違えてしまいます。
このことは古くから知られていたのですが、21世紀に入ると様子が変わってきました。それまでは宇宙線に当たった素子がびっくりするだけで済んだのですが、これからは一つの素子がびっくりすると、その隣の素子もびっくりしてその隣もびっくりしてと、瞬く間に連鎖するようになるぞ、と言われだしたのです。コンピュータチップをつくる技術が進んだことの弊害です。
私が宇宙研に入った2005年は、その問題について本格的な対策を検討すべき時期に入っていました。そこで私は、宇宙線の強さと素子が出すびっくり信号の大きさがどういう関係にあるのか、それを簡単な数式で説明してやろうと研究を始めました。びっくり信号が大きいほど隣に伝わりやすいので、対策を考える上で、その大きさがどういう理屈で決まっているかを知りたかったのです。A4ノートを20冊くらい使い、2009年にその数式をようやく完成させることができました。過剰な対策はチップの重さやコストの増加につながります。その式を使うことで、適切な対策を検討できるようになるでしょう。
Q: 子どものころから数学が得意だったのですか。
理科は好きでした。基本的な知識を組み合わせてパズルを解いていくような面白さがあったからです。でも、数学は苦手です。
Q: 意外ですね。
具体的な物理現象を数式に当てはめることは頭の中にイメージができて好きですが、抽象的な純粋の数学になると、何をイメージして考えればいいのか分からなくなります。コンピュータチップの動作の仕組みは、チップの材料の物理に関係しています。私は、そのような物理と結び付いた、電子部品の中で起きる現象に興味があります。
Q: 今後の夢は?
今はまだ将来の夢や目標を定めずに、目の前の課題、面白いことに取り組んでいきたいですね。宇宙で使う電子部品の研究には、地上用では味わえない面白さがあります。例えば、宇宙線以外にも、宇宙独自の熱問題があります。チップが動作すると熱が発生するのですが、地上では空気が熱を外へ捨ててくれるものの、宇宙では空気がないので特別の対策が必要です。消費電力が少ないチップほど発熱を抑えることができます。宇宙研では、チップの中に絶縁体シートを挟み込む省電力技術を駆使して発熱を抑えた"クールな"宇宙用チップをつくりました。このシート技術はSOI技術と呼ばれるものです。熱だけでなく宇宙線への対策としても有効とよくいわれるのですが、私たちの研究ではそう単純ではないことが分かっています。先ほどご紹介したようなびっくり信号にまつわる研究を積み重ねて宇宙でも「びっくりしないコンピュータ」に仕上げました。
最近、地上用チップでも大気を通り抜けて届く宇宙線が問題になり始めました。以前は、「びっくりするコンピュータ」を扱う学会の参加者のほとんどが宇宙用チップの研究者でした。ところがここ数年、地上用チップを開発している人たちとの交流が急速に広がっています。宇宙独自の問題に取り組むことで、地上用チップの開発にも貢献することができると期待しています。
Q: ところで今日は、大きな楽器を持ってきていただきました。
チューバという管楽器です(写真)。中学に入学したとき同級生に吹奏楽部へ誘われて始めました。高校でも続け、大学では派手なトランペットに浮気しましたが、やっぱり渋い低音がよいと、今でも市民バンドでチューバを演奏しています。
Q: 音楽と研究に共通点はありますか。
考えたこともありませんが、楽器の演奏は、最初はうまくいかないものの、少しずつ思い通りに吹けるようになっていきます。研究も最初は何も分からないような状態から、少しずつ謎が解けていきます。その過程が似ていて、どちらも面白くて続けていられるのかもしれませんね。