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ISASコラム

宇宙・夢・人

世界初に挑戦しなければ意味がない

(ISASニュース 2012年11月 No.380掲載)
 
宇宙飛翔光学研究系 教授 安部 隆士
あべ・たかし。1949年、福岡県生まれ。工学博士。1978年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京工業大学総合理工学研究科助手を経て、1982年、宇宙科学研究所助教授。1993年より現職。
Q: 空気力学がご専門ですね。
極限状況の気体運動の挙動を研究して、衛星や探査機のための新しい技術を開発してきました。1990年に打ち上げた工学実験衛星「ひてん」では、世界初の実験を行いました。「ひてん」は、天体の重力を使って衛星の軌道や速度を変えるスイングバイの実験を行うことが主な目的でした。打上げの半年前、さらに実験を追加できないかと話し合っていて、たどり着いたのが、地球大気によるエアロブレーキ実験の提案です。それは大気をかすめることで減速する技術で、アイデア自体は1950年代ごろからありました。しかし失敗すれば高価な衛星が地球へ落ちてしまう危険性があり、世界で実行した例はありませんでした。予定通り、「ひてん」はスイングバイ実験の後、世界初のエアロブレーキの実験にも成功しました。
Q: よく提案が通りましたね。
今までにないものや技術を開発して、誰も見たことのないものを観測する。それが宇宙研の存在意義です。だから世界初に挑戦しなければ意味がない。宇宙研の歴史は、チャレンジの歴史です。
世界初のエアロブレーキ実験は、日本ではあまり話題にならなかったのですが、NASAの研究者たちは驚いたようです。私も何度か呼ばれて話をしました。その後、NASAの金星探査機「マゼラン」は、金星大気によるエアロブレーキを実施して減速と軌道変更を行いました。
Q: 小惑星探査機「はやぶさ」の再突入カプセルの開発も担当されましたね。2010年に無事に回収されたときの感想は?
とても不思議でした。あれほど、うまくいくとは思っていませんでしたので(笑)。大気への突入スピードは秒速12kmと史上最速レベル。周囲の空気は圧縮されることで加熱され、カプセル表面は約3000℃に達します。2003年の「はやぶさ」打上げの前年に、再突入カプセルの実証を行う高速再突入実験機(DASH)計画を進めましたが、ロケットからの分離に失敗して実験ができませんでした。「はやぶさ」の再突入カプセルは、ぶっつけ本番だったのです。
スペースシャトルと同じ秒速約8kmの再突入実験は、実施していました。1995年に打ち上げた回収型衛星「EXPRESS」です。残念ながら予定軌道を外れましたが、カプセルを回収して、そこに埋め込んだ材料のデータを得ることができました。そのデータをもとに、「はやぶさ」の再突入カプセルが開発されたのです。
Q: 子どものころ、興味があったことは?
ラジオ少年で、小学校3年生のころから組み立てていました。飛ぶものが好きで、中学・高校のころは航空関係の仕事に就きたいと思っていました。大学のときにアポロ11号の月面着陸があり、それで宇宙への関心が増しました。そして数学も好きだったので、数学を駆使する空気力学へ進みました。
Q: 宇宙に関心を持つ若い人にアドバイスをください。
世界初にチャレンジしたいなら、宇宙はとても面白い分野です。それには人に先んずる必要があり、競争は避けられません。チャレンジすることが好きで、競争をいとわない人が、この分野に向いていると思います。
Q: 競争や開発で胃が痛むことはありませんか。
私は何か問題を抱えている状態の方が楽しいですね。問題がないと、暇を持て余して、むしろ困ってしまいます。
Q: 現在、どのような技術の開発を進めているのですか。
一つは、「シイタケ型」と呼ばれる大気圏突入機の開発です。打上げ後に膜を大きく広げてシイタケのような形の機体にして、それで大気圏へ再突入します。重量のわりに大きな機体はすぐに減速するので、それだけ空気加熱を受けなくて済みます。安全性を向上させ、機器の搭載スペースも大きくすることができます。その開発は国際競争になっていて、NASAが少し先行しています。
もう一つ、力を入れて開発しているのが、アニメ『機動戦士ガンダム』にも出てくるような磁気シールドの技術です。空気は加熱されると、電気を通すプラズマガスになります。そこに磁場をかけて、ガスを機体から遠ざけ、反作用で減速させることで、空気加熱の影響を避けて安全性を向上させることができます。これも国際競争になっていますが、磁気シールド技術に関しては世界で私が一番です!