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ISASコラム

宇宙・夢・人

面白くするかどうかは自分次第

(ISASニュース 2012年10月 No.379掲載)
 
学際科学研究系 教授 石岡 憲昭
いしおか・のりあき。1953年、北海道生まれ。理学博士。東京都立大学大学院理学研究科博士課程修了。米国インディアナ大学博士研究員、東京慈恵会医科大学講師、宇宙開発事業団(NASDA)主任研究員を経て、2003年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部教授。2012年より現職。ISS科学プロジェクト室兼務。
Q: ISS科学プロジェクト室も兼務され、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」で行う生物実験に携わっているそうですね。
私たち地球上の生物は、重力のある環境で暮らしています。宇宙に行き重力がなくなると、生物はどうなるのか。それを調べようとしています。2004年には私が代表を務め、線虫の国際共同実験を行いました。この実験で、線虫は宇宙に行くと、筋肉に関わる遺伝子の発現が減少することが明らかになりました。宇宙に行くと宇宙飛行士の筋肉が萎縮することは知られていましたが、無重力環境において筋肉に関わる遺伝子の発現の変化を捉えたのはこれが初めてです。線虫とヒトには似た遺伝子もあることから、ヒトでも筋肉に関わる遺伝子の発現が変化している可能性があります。
Q: 宇宙実験のテーマは公募され、JAXA以外の大学や研究機関の研究者も参加します。そのコーディネートを行うのもISS科学プロジェクト室の仕事です。
生物実験といっても、試料は植物、線虫、メダカ、マウスなどさまざまで、細胞も個体もあります。新しい試料を扱うのは大変ですが、それほど抵抗はありませんでしたね。私はここに来るまで神経細胞の研究を長くやってきましたが、見ていたのは遺伝子やタンパク質です。植物でもマウスでも地球上の生物はすべて、遺伝子とタンパク質で成り立っていますから、どの生物を扱っても基本は同じです。しかも、生物の普遍性や多様性を知るには、いろいろな試料を使った方がむしろよいのではないかと思います。
日本人宇宙飛行士がISSに滞在すると大きな話題になりますが、日本人が宇宙に行くことだけが注目されがちです。これは、私たちの広報の仕方にも問題があります。宇宙飛行士たちによってたくさんの生物実験が行われていることを、もっと皆さんに知ってもらう努力をしなければなりません。
私たちは、この分野を「宇宙生命科学」と呼んでいます。地球外生命の研究ではなく、宇宙での生命科学です。重力がない宇宙空間で生物にどのような変化が起きるのか。その変化を遺伝子、タンパク質、細胞、行動など、あらゆるレベルで明らかにすることによって、生物が重力を感知し応答する仕組みが明らかになるでしょう。それによって、重力から逃れることのできない地球の生命の本質が見えてくるかもしれません。また、骨量の減少や筋肉の萎縮のメカニズムを明らかにしてその対策を開発することで、人類の宇宙への進出を補助できます。その成果は、寝たきりの方の健康維持など地上の医療にも貢献できるでしょう。生命科学系の研究者は医学も含めJAXA全体でせいぜい10人ほど。宇宙研の中ではさらに少数派ですが、宇宙生命科学の重要性を示していきたいですね。
Q: 今後やりたいことは?
人工冬眠の研究です。人類が恒星間飛行をしようとしたら、人工冬眠が必要になるかもしれません。冬眠中の動物は、代謝は落ちますが、骨量の減少や筋肉の萎縮は起きていません。病気になりにくいことから、生体防御機能も上がっているようです。その仕組みを知りたい。それは、医療にも応用できるでしょう。
Q: 子どものころから生物に興味があったのですか。
小学3年生のとき、作文に「医学の道に進みたい」と書きました。医学といっても医者になるのではなく、人や生物について研究したいと思っていました。でも、生物を飼うのは嫌いで、理科の解剖も苦手でした。実は、今でも活けづくりの魚の目が怖い。なんか見られているような気がするんです。研究となると平気になってしまうんですけどね。
Q: 趣味は?
高校時代、絵画部で油絵を描いていました。それ以来、絵を描き続けています。山歩きも好き。苦しい思いをして山頂にたどり着き、景色を見たときの解放感がたまらない。自分がいかに小さい存在であるかに気付かされます。その小さな存在が小さいことでくよくよしていても仕方ないと思い、元気になれるのです。
Q: 研究をする上でのモットーはありますか。
多くの研究者は一つのことを極めようと思うでしょう。私は少し違う。面白いことは、一つではない。私は浮気性で、いろいろなことをやってみたくなります。何事も面白くするかどうかは、自分次第です。今年の「君が作る宇宙ミッション」(きみっしょん)で高校生たちに、私自身そうありたいと思っている言葉「君たちの前に道はない。振り返ったときに、確固たる道ができているのだ」を贈りました。研究とは、そういうものではないですかね。