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ISASコラム

宇宙・夢・人

小さなものを積み上げて

(ISASニュース 2010年7月 No.352掲載)
 
宇宙構造・材料工学研究系 准教授 石村 康生
いしむら・こうせい。1974年、山口県生まれ。工学博士。1996年、京都大学工学部航空工学科卒業。2001年、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。北海道大学助教を経て、2008年4月より現職。専門は宇宙構造システム。
Q: 天文衛星など科学衛星の開発に携わっているそうですね。
はい。いくつかの開発に携わっていますが、どの衛星も宇宙で大きく広がるものです。例えば、電波天文衛星ASTRO-Gは、宇宙で直径約10メートルのパラボラアンテナを広げます。その鏡面の形状誤差はミリメートル以下の精度が求められています。微小重力の宇宙空間でパラボラアンテナを展開して、形状を維持する必要があります。それが実現できるかどうか、重力のある地上試験で評価しなければならないのですが、それが難しいんです。何が重要で、何が重要でないかが分からなければ、評価の指標を決められません。評価には、ものの見方や考え方、論理の組み立て方が問われます。
Q: 子どものころから宇宙や工学に興味があったのですか。
星が好きで、小学校高学年のとき、近所の児童センターの天文サークルに入りました。宇宙工学へ進んだのは、そこで熱心に指導してくださった山本先生の影響です。時々遠くまで泊まりがけで星を見に連れていってもらえるのが、とても楽しみでした。あるとき、望遠鏡の架台を自分で金属加工して調整する先生の姿を見て、“ものは買ってくるだけでなく、自分で改良したり新しくつくり出したりできるんだ”と気付きました。やがて自分の本当にやりたいことを自問したとき、自分で星を見て研究するよりも、ものづくりで人の役に立ちたいと思いました。そして京都大学工学部の航空工学科へ進んだのです。
Q: 大学時代は人力飛行機の「鳥人間コンテスト」に出場したそうですね。
鳥人間コンテストに参加するサークルに入りました。7月の大会前の数ヶ月間は、寝ているとき以外はずっとサークルで活動していました。忘れられない場面が二つあります。最初は2年生のときの大会。私たちの飛行機がうまく飛ばずに落ちてしまったのです。泣くまいと思っても、どうしても涙があふれてきました。どれほど情熱や労力を注ぎ込んでも失敗することがある。そのことを初めて経験しました。二つ目の場面は翌年の大会。それまで私たちは滑空機部門に出ていましたが、その年から人力プロペラ機部門に挑戦しました。自分たちのつくった飛行機が飛び立った瞬間、自然と涙が出てきました。人生で初めてのうれし涙でした。
Q: 大学ではどのような研究室に入ったのですか。
希薄流体の研究室です。サイエンスに厳しく向き合うところで、輪読では1ページに1週間かけることもありました。学問に対する姿勢やものの見方、考え方を学びました。
大学院のときは宇宙研で学びました。そして北海道大学でロボットなどの研究をした後、2008年に宇宙研へ戻ってきました。宇宙研ではユーザーである理学の研究者が隣にいます。彼らは少しでも上のサイエンスを目指したいと、純粋な気持ちで、私たちに厳しい要求を突き付けてきます。そして理学と工学が一緒になって科学衛星をつくり上げていくところが、宇宙研の大きな魅力です。
Q: 今後の夢は?
小さく単純なものを積み上げて、大きく複雑な構造物をつくりたい。それがずっと私の目指してきたことです。そして構造物が自分の状態を把握しつつ、環境適応的に形状を維持するシステムを実現したいと考えています。形状を維持するためには、宇宙空間で働く微小重力や遠心力、あるいは太陽輻射圧や熱変形なども利用できると思います。地上でいえば、石を積み上げたアーチ形の石橋は、地上の重力を利用して安定な構造をつくり出しています。宇宙空間ならではの構造物の形や仕組みを創出していきたいと思います。
Q: 具体的にはどのような宇宙構造物をつくってみたいですか。
具体的にというとなかなか難しいですが、漠然と中学生のころからスペースコロニーを実現したいと夢見てきました。私は“ガンダム世代”なんです。国境や歴史のしがらみのない宇宙で、みんなが平和に仲良く暮らせる場所をつくりたいのです。