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ISASコラム

宇宙・夢・人

現場主義

(ISASニュース 2007年2月 No.311掲載)
 
技術開発部探査機機器開発グループ開発員 川原康介
かわはら・こうすけ。
1976年生まれ。
鹿児島大学大学院理工学研究科(博士前期)物理科学専攻修了。2002年4月、宇宙科学研究所文部科学技官。現在、宇宙科学研究本部技術開発部探査機機器開発フループ開発員。飛翔体搭載用アンテナの開発、レーダによるロケット追跡業務 などを行う。
Q: 技術開発部では、どういう仕事を?
ロケットの打上げがあるときは、レーダ班としてロケットの追跡をします。打上げ以外の期間は、主に飛翔体に搭載するアンテナの開発をしています。飛翔体には、ロケットや衛星、探査機がありますが、一番ユニークなのは探査機ですね。ロケットや衛星に搭載するアンテナは、既存のもので要求される仕様をほぼ満足していますので、わざわざ新しい試みをする必要はないわけです。宇宙業界では実績が重要視されていますからね。それにして探査機は、通信距離が長いことに加えて、厳しい環境下での成立性も要求されているので、アンテナに課せられる要求もさまざまなのです。そのような点で探査機の場合、新しいことにチャレンジできる機会が増えます。

今は、水星探査機Bepi Col omboの水星磁気圏探査機(MMO)と、金星探査機PLANET-Cに搭載するアンテナの開発をしていますが、MMOは厄介ですね。水星は太陽に一番近い惑星です。太陽との距離は、地球の3分の1ほどですから、アンテナへの熱入量も大きくなります。探査機搭載用のメインアンテナは普通、小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されているような、おわん形をしています。電波を1点に集中させる点では有効な形状なのですが、同時に熱も集中させてしまうのです。そのような観点からMMO搭載用のメインアンテナにおわん形状は適していなかったので、私たちは構造的に焦点のない平面なアンテナを開発しています。
Q: 平面アンテナは世界初ですか。
地上では衛星放送の受信用アンテナとしても使われていますが、宇宙で使うのは初めてだと思います。水星の熱環境に耐えられるアンテナの開発は、MMOミッションの成否に直結します。実績重視の 世界ですが、新規開発に着手する必要があったわけです。このような新しい技術に挑戦する機会がもっと増えるとよいと思います。
Q: 町を歩いていると、アンテナが気になったりしますか。
つい見てしまいます。この仕事をするまでは、まったく興味なかったのですが。私の大学院での専門は、非線形力学系の研究。具体的には、カオスや複雑系の理論研究でした。一見、予測不可能な事象の中にルールが隠されている。そのような分野にかかわっていることが面白かったです。アンテナはもちろん、宇宙工学と直接かかわりのない研究でした。
Q: では、なぜ宇宙研に?
JAXAになる前は国家公務員だったので、1次試験を経たのち各省庁の面接を受け、配属が決まっていました。物理分野では気象庁の募集が多く、自分も気象庁に行くと思っていました。でも、宇宙研でたまたま物理の募集があったので、練習も兼ねて(笑)面接を受けたら、運よく採用されたのです。

私は、宇宙が好きだったわけではありません。義務教育中は、宇宙は地学として学んでいましたよね。地学は記憶の部分が多かったので嫌いでした。その点、公式さえ理解してしまえばいろいろな問題が解ける物理の方が楽しかったのです。でも、多くの人がそうであるように、宇宙に対して潜在的なあこがれを持っていたのだと思います。宇宙は神秘的でロマンがあって、高度なことをやっているに違いない。そういうところで仕事ができたらいいなと。
Q: 実際に仕事をしてみてどうですか。
少なくとも私のかかわる範囲では、世間離れしたハイテクなことをやっているわけではなく、むしろ地道な作業が多いです。宇宙研に入る以前は、宇宙機搭載品ともなれば、すべてシミュレーションで解析され裏付けされたものが作られ、地上では大事に扱われると思っていたのです。でも実際は、大型振動試験装置に載せて揺らしたり、ハンマーでたたいてショックを与えてみたり......。直接的な試験が多いことに驚きました。

大学では、パソコンの前で数値シミュレーションをする日々でしたから、アンテナ開発という、ものを作り測定するというスタンスになかなか慣れません。どうしても少ない頭で先に考えてしまいます。いけない癖です。あれこれ考えるよりも、まず自分の手でやってみる精神が大事なのだと、つくづく感じさせられます。
Q: これからやりたいことは?
JAXAとなったことで、いろいろなことに挑戦するチャンスが増えたと思っています。しかし、夢を語ることができるほど自分の中で培ってきたものがありません。日々の業務をこなしていくだけで精いっぱいです。でも、一つだけ忘れずにいたいことがあります。それが現場主義。今後、どういう立場で仕事をすることになっても、現場を重視できる人 でいたいですね。