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ISASコラム

宇宙・夢・人

宇宙実験の仕立て屋さん

(ISASニュース 2006年08月 No.305掲載)
 
ISS科学プロジェクト室 主任研究員 吉崎泉
よしざき・いずみ。
1970年生まれ。
1994年、筑波大学生物科学研究科卒業。同年、宇宙開発事業団(NASDA)入社。以来、微小重力を利用した科学実験プロジェクトを担当、実験計画の作成から実験結果の取りまとめまでを行う。1998年から3年半、東京工業大学総合理工学研究科にて社会人学生としてタンパク質結晶成長の研究を実施。博士(工学)。最近は、中高生を対象とした宇宙開発に関する講演なども積極的に行っている。
Q: ISS 科学プロジェクト室の仕事は?
国際宇宙ステーションで行う科学実験を成功させることが、ISS科学プロジェクト室の主要な仕事です。2007年〜2008年に、いよいよ日本の実験棟「きぼう」が3回に分けて打ち上げられます。現在は主に、「きぼう」で行う実験の準備を進めているところです。

宇宙実験は、地上の実験と比べると制約がものすごく多いのです。身近な例をあげると、植物に水をあげるにしても、地上でのように上から注ぐわけにはいかない。スポイトなどを使ってスポンジに染み込ませる必要があります。地上で簡単にできることも、微小重力環境ではなかなかうまくいかないのです。また、宇宙飛行士の時間はとても貴重なので、できるだけ自動化し、簡単な操作で実験ができるように工夫しなければなりません。高い安全性も要求されます。ですから、大学などの研究者が提案した実験テーマを、共同研究・開発を行いながら宇宙実験仕様に仕立てていくプロフェッショナルが必要なのです。それが私たちです。
Q: 「きぼう」は、宇宙実験を大きく変えますか?
微小重力環境で実験ができるというのは、科学的には非常に魅力的です。でも、今までは宇宙実験ができる機会が少なく、たとえ実験テーマが選定されても実際に実験できるまでに時間がかかり過ぎることが、大きな問題でした。「きぼう」が打ち上がることで、それは改善できると思います。また「きぼう」によって、長期にわたる実験が可能となります。例えば生物科学の実験では、卵や種子から育てた個体が成熟し、次の世代が育つところまで観察したいことがよくあります。ところがスペースシャトルの飛行は最長2週間なので、これまでは長期間の実験ができませんでした。「きぼう」では、それが可能になります。また、実験時間が増えるので、同じ実験を繰り返しできるようになることも大きいですね。サイエンスでは再現性が重要ですが、今までの実験は多くが一度きりのものでした。「きぼう」によって、さらにきちんとしたサイエンスができるようになるでしょう。
Q: 専門は、タンパク質の結晶成長ですね。
NASDAに入って数年後、スペースシャトルのSTS-84で行うタンパク質結晶成長の実験を担当することになりました。大学では生物学を専攻していましたが、タンパク質の結晶成長は未知の世界。これは勉強しなければと思っていたところに社会人学生の話を頂き、大学院で3年半、タンパク質結晶成長や結晶品質評価の研究をしました。やってよかったですよ。専門を持てたおかげで、実験を提案した研究者と対等な立場で、実験をより良くするための議論ができるようになりました。
Q: 今までで一番印象に残っている実験は?
キュウリの発芽実験ですね。キュウリの種子が発芽するとき、茎と根の間にペグという突起が1個できて、双葉が硬い殻から出るのを助けます。地上では、ペグは必ず重力がかかる下の方向にできます。微小重力環境ではどうなるかを調べる実験を、向井千秋宇宙飛行士の2度目の飛行、STS-95で行いました(実験提案者は東北大学高橋秀幸先生)。実験前には、茎と根の間を取り巻くようにたくさんのペグができる、あるいはまったくできないと考えられていました。飛行を終え、試料箱を受け取って開けてみると、全部の種子でペグが2個ずつできていたのです。これは世界初の発見。その瞬間に立ち会えて、身震いするような感動を覚えました。誰も知らないことを初めて見つけること、それが科学の面白味ですよね。
Q: 今年から『ISAS ニュース』の編集委員をされていますが、立候補だったそうですね。
普段つくばにいるので、相模原での人脈を広げ、いろいろなプロジェクトについて勉強したかったこともありますし、科学広報に興味があったのです。最近は、自分が勉強し理解した最新の科学を一人でも多くの人、特に未来を担う子供たちに伝えたいという気持ちを強く持っています。宇宙での生活、微小重力環境におけるいろいろな現象に、子供たちは素直に感動します。水の球が浮いたり、炎が丸くなったり、宇宙飛行士の顔がムーンフェイスになったりする様子を見て、子供たちに「なぜだろう」と考えてもらうことがとても大切。それによって科学への興味が芽生えてくると思うのです。そのきっかけになればと思い、教育活動にも積極的に参加しています。
Q: 一番知りたいことは?
いろいろなことに興味があり過ぎて困ってしまうのですが、実は一番知りたいのは、生命の起源なんですよ(笑)。生命はどこでどのように生まれるのだろう、という根源的なことに興味があります。いつになるか分かりませんが、生命の起源に挑むプロジェクトを立ち上げていきたいですね。