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ISASコラム

宇宙・夢・人

静電気で試料を浮かべて溶かし、物性の未踏領域を拓く

(ISASニュース 2015年2月 No.407掲載)
 
宇宙物理学研究系 教授・研究主幹 堂谷忠靖
いしかわ・たけひこ。1962年、茨城県生まれ。工学博士。東京大学工学部機械工学科卒業。同大学大学院修士課程修了。東京工業大学大学院博士課程修了。1987年、宇宙開発事業団(NASDA)。2003年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)設立とともに宇宙研へ異動。2010年より現職。
Q: 2015年夏に国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に運ばれる静電浮遊炉の開発を担当されています。
 静電浮遊炉は、電極の間に電圧をかけて発生するクーロン力いわゆる静電気を利用して、帯電させた試料を浮かべる装置です。試料にレーザーを照射して加熱し、融解した状態で密度や比熱、表面張力、粘性係数などを測定します。
Q: なぜ試料を浮かべるのでしょうか?
 試料を溶かすとき普通は容器に入れて加熱しますが、融点が高い試料の場合、容器も溶けてその成分が混ざってしまい正確な測定ができません。そのため融点が2000℃を超える物質の物性データは、ほとんどありません。浮かべて溶かすことができれば、不純物の混入なく物性を測定できます。
Q: ずっと静電浮遊技術を研究してきたのですか?
 いいえ、私は1987年にNASDAに一般職で入り、種子島宇宙センターに配属された後、宇宙飛行士の毛利衛さんの訓練や宇宙実験を支援する仕事をしていました。毛利さんが1992年にスペースシャトルに搭乗したとき、音波を使って試料を浮遊させる実験もありましたが、うまくいきませんでした。それを見ていたので、浮遊実験にはいい印象がありませんでした。
 静電浮遊と本格的に出会ったのは、1997年に留学したNASAのJPL(ジェット推進研究所)です。宇宙環境では試料を浮かせることは簡単ですが、わずかにある重力などの影響で試料が動いてしまい、物性を測定できないことが問題になっていました。それが、JPLの実験では試料がピタッと止まって浮いていたのです。感動して、静電浮遊技術の研究にすっかりはまってしまいました。JPLでは静電浮遊の宇宙実験は行わないことが決まったため、「日本が必ずやります」と約束して、技術やノウハウをすべて吸収させてもらいました。
Q: これまで、どのような苦労がありましたか?
 地上での実験を繰り返していたのですが、やり過ぎてしまったのです。融点が3420℃のタングステンをはじめ、いろいろな試料を浮遊させて物性を測定できるようになり、「宇宙に行く必要がないよね」と言われてしまって……。やればやるほど宇宙が遠くなる。その時期は、つらかったですね。地上では浮遊させることが困難な試料があり、その物性データの取得は新材料の開発に貢献することを根気よく示し、ようやく「きぼう」で実験ができることになりました。
Q: どのような試料で実験するのですか?
 ESAは、ISSで電磁気を利用して導伝性試料の浮遊実験を行っています。我々のターゲットは酸化物で、絶縁体で帯電もしにくく地上でもESAでも扱えない試料です。まずは、ジルコニアや希土類の酸化物15種類について実験します。2015年夏に打ち上げる静電浮遊炉を宇宙飛行士が組み立て、実験開始は冬の予定です。
 これまで多くの宇宙実験に携わってきました。ほかの研究者が提案した実験はわりと落ち着いて見ていられるのですが、自分が提案した実験は今からドキドキです。一つ目の試料が浮かび、ピタッと止まって測定できたときは、泣くでしょうね。
Q: 子どものころは、どういうことに興味がありましたか?
 機械いじりや、ものづくりが好きでした。時計を分解してみたり、プラモデルをつくったり、中学時代にはパーツを少しずつ買い集めて自転車を組み立てたりもしました。
Q: なぜNASDAに就職したのですか?
 大学は機械科で、宇宙関連の仕事を志望していたわけではありません。就職先を考え始めたころ、研究者をしている父に「宇宙は伸び伸びしていて、よさそうだぞ」と言われたのがきっかけです。当時はまだ社会の宇宙への関心は低く、NASDAもそれほど知られていなかったのが、私には好都合でした。たくさんの人がやっていることは、あまり好きではないのです。小学校から大学まで、フィールドホッケーという日本では超マイナーなスポーツをやっていたくらいですから。
Q: 仕事をする上で心掛けていることはありますか?
 一つは、実験に失敗した場合も理由をきちんとまとめることです。物事をスムーズに進めるには、次のシナリオを考えることも必要です。しかし私は目先が利かないので、結果をまとめることで次のシナリオづくりに貢献したいと思っています。もう一つは、やると言ったことは必ずやる。静電浮遊炉の実現というJPLとの約束も、ようやく守れそうです。