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ISASコラム

宇宙・夢・人

宇宙開びゃくの姿を見たい

(ISASニュース 2014年8月 No.401掲載)
 
宇宙物理学研究系 助教 松浦周二
まつうら・しゅうじ。1965年、徳島県生まれ。博士(理学)。名古屋大学大学院理学研究科宇宙理学専攻博士課程修了。新技術開発事業団科学技術特別研究員、米国カリフォルニア工科大学研究員、宇宙研助手を経て、2003年より現職。
Q: 専門は赤外線天文学とのことですが、どのような研究をしているのですか。
 宇宙赤外線背景放射(CIB)を観測しています。赤外線で宇宙を観測すると、銀河や星が見えますが、そうした天体の向こう側もぼんやり明るく見えます。それがCIBです。宇宙が誕生して数億年後に生まれた宇宙最初の星たちの光ではないかと考えられていますが、まだ確証は得られていません。宇宙初期という言葉にも引かれ、大学院以来、CIBの正体の解明に取り組んできました。
 アメリカのCOBE衛星や日本の宇宙赤外線望遠鏡IRTSが、CIBのスペクトルを観測しました。それは理論的に予測される宇宙最初の星たちのものに似ていました。やはり宇宙最初の星の光か!と、ますますのめり込み、赤外線天文衛星「あかり」の観測や、NASAのロケットを使った日本・アメリカ・韓国の共同実験CIBERを計画しました。
Q: 人工衛星ではなく、なぜロケット実験なのですか。
 衛星は計画から打上げまで10年以上かかりますが、ロケット実験は3年ぐらいで実現できます。短期間で成果を得られることは、大きな魅力です。学生と一緒に装置を手づくりし、打上げまで見届けられるロケット実験は、衛星プロジェクトとは違う楽しさもあります。しかし、衛星は数年間観測できますが、ロケット実験は5分ほどです。それでも砂漠で打ち上げるNASAのロケットの場合、装置を回収して繰り返し実験が可能です。CIBERは2009年から2013年まで4回の実験を行いました。
Q: 宇宙最初の星の光であることが明らかになったのですか。
 観測されたCIBのスペクトルが、宇宙最初の星の理論的予測とは少し違っていました。結論するには今後の詳しい分析が必要ですが、CIBのすべてが宇宙最初の星からの光というわけではないようです。少しがっかりもしましたが、より真実に近づいたんだ、と思いました。現在、CIBER2実験を計画中です。望遠鏡の口径を現在の10cmから30cmにして詳細に観測します。CIBの大部分を占めるいまだ謎の成分は何なのか、今度こそ見定めることができるはずです。
Q: CIBER2の先は?
 木星探査を行うソーラー電力セイルでCIBを観測することを計画しています。惑星探査の機会を使った天体観測は、大学院生のころから温めてきたアイデアです。惑星間空間のちりは太陽光を散乱させて、観測の邪魔になります。この黄道光は太陽系の外側ほど弱くなるので、CIBをクリアに観測できるでしょう。

 将来の大型赤外線望遠鏡SPICAでは、最初の星や銀河が誕生しつつある時代を捉えたいです。SPICAや将来のロケット実験で、宇宙誕生の数秒後にニュートリノが崩壊して出た赤外線を捉える計画も進めています。これを捉えたら、素粒子理論の根幹を揺るがすだけでなく、宇宙誕生直後を目撃するというノーベル賞級の成果になるでしょう。

 もう一つ、やりたいことがあります。学位を取ってから宇宙研に職を得るまでの間に、新しいアイデアの赤外線(テラヘルツ波)光源を開発しました。その光源を宇宙や地上の望遠鏡に搭載したいという声がいくつか掛かりましたが、残念ながらいずれも不採用で、お蔵入りしています。それを惑星探査に使えないかと、ひそかに考えているところです。ほかの赤外線天文観測技術も、惑星探査、さらには産業や文化に応用していきたいですね。
Q: 子どものころから宇宙に興味があったのですか。
 いいえ。壊れた電気製品をいじったりするのが好きで、おもちゃ工場で働きたいとか、レーシングカーのメカニックになりたいと思っていました。今も細かい作業は好きで、子どものおもちゃを直してあげたりもします。時には余計壊してしまい、妻に「不器用ね」と怒られたりもしますが……。
 転機は中学生のときでした。ブルーバックスの『マックスウェルの悪魔』を読んで衝撃を受け、時空の成り立ちについて知りたくなり、大学では素粒子論を学びました。今でも一番興味があるのは時空の成り立ちです。だから、宇宙開びゃくの姿を見たいのです。
Q: 研究を進める上で心掛けていることはありますか。
 プロジェクトは別にして、個人研究者としては、正統的で標準的なことはやりたくない。エキセントリックでいたいですね。ただし、普段は常識的な人でありたい。私は気が小さく物おじするタイプです。しかし粘り強い。粘り強さは研究には重要ですね。そうでなければ、CIBというマイナーなテーマを追い続けてはこられないでしょう。