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ISASコラム

宇宙・夢・人

重力に注目して物質科学と宇宙科学をつなぎたい

(ISASニュース 2014年6月 No.399掲載)
 
科学推進部 部長 石井康夫
いなとみ・ゆうこう。1964年、神奈川県生まれ。工学博士。1992年、東京大学大学院工学系研究科金属材料学専攻博士課程修了。同年、宇宙科学研究所 助手。フライブルグ大学結晶学研究所 文部省在外研究員、宇宙科学研究所 准教授などを経て、2014年より現職。
Q: 子どものころに好きだった教科は何ですか?
 数学です。小学校高学年のとき、新聞の記事で関 孝和を知りました。江戸時代に日本にも偉大な数学者がいたことに驚き、少しでも近づきたいと思いました。その後、物理や生物にも興味が広がっていきました。そして高校生のとき、講談社ブルーバックスの『金属とはなにか』という本を読み、材料は面白い、と思いました。超伝導という現象に衝撃を受けたのです。中学や高校の教科書ではオームの法則を習っていたので、電気抵抗がゼロになる材料があるとは思ってもみませんでした。材料は新しい考え方をもたらし、世の中に大きく貢献できることを知りました。そこで大学では、材料科学を学ぶことにしました。高温超伝導ブームが起きたのは、ちょうど大学院へ進むときでした。
Q: 高温超伝導の研究をしようとは思わなかったのですか?
 当時、新しい方法で新しい材料をつくろうという新素材ブームもありました。私は高温超伝導とは別の何か新しい研究がしたいと思いました。そのとき、栗林一彦先生(現 宇宙航空研究開発機構 名誉教授)から、宇宙実験による無重力という切り口で新しい材料科学をやろうと声を掛けていただき、修士課程の学生として宇宙研に来ました。そして博士課程まで進みましたが、就職先にはメーカーやほかの研究機関を考えていました。
Q: なぜ宇宙研で研究を続けることにしたのですか。
 固体材料をつくるには、固体ができる過程を理解することが重要です。しかし、水が氷になる過程さえ、完全に解明されているわけではありません。私は博士論文で、学術・産業応用に重要な化合物半導体が結晶化する過程を研究しました。その審査をしてくださった先生の一人に、宇宙研に残るように勧められたのです。その研究で私は特殊な顕微鏡を開発して、実際の製造プロセスと同様に高温液体から化合物半導体の結晶が成長する過程を高空間分解能かつリアルタイムで3次元観察することに、世界で初めて成功しました。その研究を宇宙研で続けるべきだ、と言われたのです。

 重力の影響で液体中では浮力による対流が起きます。その対流の影響で、化合物半導体の結晶成長の過程を深く理解することはできませんでした。対流を止めて実験するのに最適な場所は、重力の極めて弱い宇宙環境です。私は博士論文の残された課題を解決することを目指して宇宙研に就職することにしました。そして、SFU(宇宙実験・観測フリーフライヤー)や国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」、観測ロケット実験での材料実験に携わってきました。対象は半導体だけでなく、有機物や金属、酸化物などさまざまです。しかし現在でも、博士論文の課題を解決する宇宙実験は実現できていません。その実験のためだけに特殊な顕微鏡を宇宙に運ぶ機会は、なかなか得られないのです。
Q: 今後の夢は何ですか?
 博士論文の研究を完結させる実験の機会をこれからも探し続けていきますが、ほかにもぜひ発展させたい研究があります。

 宇宙には、さまざまな強さの重力場があります。例えば、月面の重力は地球上の約1/6、太陽表面は約28倍です。さらに地球上の10万倍以上の巨大な重力場を持つ天体があることが知られています。太陽表面くらいの重力では、よほど低温でない限り固体中の1個ずつの原子・分子の運動に与える影響は微弱ですが、地球上の数万倍もの重力を受けると熱運動の影響を上回り始めます。そして核生成や結晶成長など物質のでき方に大きな影響を与えるはずです。

 さまざまな重力や強い衝撃波など宇宙特有の環境でどのような物質ができるのか、私たちは東北大学、北海道大学、熊本大学など多くの研究機関と共同研究を進めています。そのような極端な重力環境を利用した実験でつくられる物質から新しい現象が見つかるかもしれません。また、地上の物質科学実験と、天文観測や探査機によるサンプルリターンを連携させた研究を行い、宇宙でつくられる物質を理解することで、宇宙科学に貢献できるはずです。私は重力の影響に注目した物質科学を切り開き、宇宙科学とつなげたいと思います。
Q: 超伝導に匹敵するような現象を発見できそうですか?
 可能性はありますが、見つからないかもしれません。それでも、せっかく宇宙研にいるのですから、例えば生物学などさまざまな研究分野とのつながりにより新しいことに挑戦し続けていきます。