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ISASコラム

宇宙・夢・人

木星のトロヤ群小惑星からサンプルリターン

(ISASニュース 2013年10月 No.391掲載)
 
宇宙飛翔工学研究系 助教 森 治
もり・おさむ。1973年、愛知県生まれ。博士(工学)。東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻修士課程修了。東京工業大学工学部機械宇宙学科助手を経て、2003年、JAXA宇宙科学研究本部宇宙航行システム研究系助手。2007年より現職。
Q: 小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS(イカロス)」のプロジェクトリーダーを務められました。次の目標は?
世界で初めて、外惑星領域を往復する探査機をつくることです。ターゲットは、まだ誰も訪れたことのない未知の天体である木星トロヤ群小惑星。その試料を持ち帰って分析することで、木星とトロヤ群小惑星は共に現在の軌道付近で形成されたのか、あるいは木星が現在の軌道まで移動していく過程で太陽系の端で形成された小惑星たちを捕獲したのかを探り、太陽系形成の謎に迫ることができると期待されています。
Q: 木星トロヤ群小惑星までの往復をどのような方法で実現するのですか。
「イカロス」は帆を広げて太陽光を受けて推進する“宇宙ヨット”の技術を世界で初めて実証しました。その技術と小惑星探査機「はやぶさ」で実証した燃費の良いイオンエンジンの技術を組み合わせます。帆の全面に太陽電池を貼り付けて発電し、イオンエンジンを動かすのです。従来のエンジンでは、木星軌道には行けても地球への帰還は難しいでしょう。帰還用の燃料で機体が重くなり過ぎます。見通しが立つ技術で木星軌道からのサンプルリターンが可能なのは、ソーラー電力セイルとイオンエンジンの組み合わせしかないと思います。ただしその実現には、「イカロス」より10倍も大きな帆を宇宙で展開・制御する技術や、「はやぶさ」よりも数倍燃費が良い世界最高性能のイオンエンジンのほか、木星圏という日本が経験したことのない深宇宙探査の技術を開発する必要があります。
Q: 子どものころから理系志向だったのですか。
小学1年生のときから、とにかく国語は大嫌いでした(笑)。筆者の気持ちを答えなさいと言われても、解釈の仕方はたくさんあるはずだと納得がいきませんでした。一方、あいまいさのない算数は美しい世界だと感じ、好きでした。自然豊かな土地に育ち、虫捕りやザリガニ釣りも大好きでした。
Q: ものづくりにも興味があったのですか。
実家が自動車修理工場を営んでいて、機械に囲まれて育ちました。事故で車が壊れて暗い顔で工場に来た人たちが、車がきれいに修理されて笑顔で帰っていく様子を見て、ものづくりは人の役に立つ仕事だと感じました。
Q: 探査機に興味を持ったきっかけは?
高校1年生のとき、テレビで米国の惑星探査機「ボイジャー」の番組を見ました。ボイジャー2号が海王星探査を終え、主要ミッションを成し遂げたお祝いのパーティーの様子を伝えていました。そのとき、探査機の開発・運用にはたくさんの人が携わっていることを知り、それなら私も何らかの形で加わることができるかもしれないと思いました。また、パーティーに参加していた誰もがボイジャー計画の一員となったことを誇りに思い、ミッション成功の喜びを分かち合っている様子に感銘を受けました。
私も宇宙研で「はやぶさ」の運用や、「イカロス」の開発・運用に携わり、探査機がわが子のように思える感覚を実感しました。さらに、多くの方々に挑戦的なミッションに共感していただき、今でもたくさんの手紙などが届きます。探査機には、人を引き付ける不思議な魅力があります。
ただし、新しい探査機の開発過程は失敗の連続です。「イカロス」の開発でも、泣きたくなるくらい失敗を繰り返しました。それは、苦しいけれど楽しい、という何とも言えない感覚です。
Q: どのような楽しさですか。
ものづくりは自然との勝負。自然の物理法則に泣き落としや賄賂は通じません。厳しくも美しい世界、そこがいいんです。たくさんの失敗を重ねるうちに原因が分かってきて、改良するにつれて少しずつうまく動くようになっていきます。それが、苦しくも楽しいのです。その過程を共有した仲間だからこそ、ミッションが成功したとき、喜びを分かち合うことができるのだと思います。
Q: 木星のトロヤ群小惑星の次はどこを目指しますか。
土星の衛星エンケラドスでは、有機物を含む海水が氷の大地の割れ目から宇宙空間へ噴き出しています。その海には、もしかすると今も生命がいるかもしれません。そのサンプルを持ち帰り、生命の存在を確かめてみたいですね。
Q: プライベートの楽しみは?
今年の夏は、6歳になる息子と夜に宇宙研の敷地でカブトムシやクワガタ捕りをしました。子どもよりも、実は私の方が楽しんでいたかもしれません。