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ISASコラム

宇宙・夢・人

燃焼のメカニズムに魅せられて

(ISASニュース 2013年8月 No.389掲載)
 
宇宙飛翔工学研究系 教授 堀 恵一
ほり・けいいち。1959年、兵庫県生まれ。1987年、東京大学工学系大学院博士課程修了。工学博士。日本学術振興会PDを経て1990年、宇宙科学研究所助手。2009年より現職。
Q: 燃焼の研究をされているそうですね。
化学が専門で、固体ロケット用燃料の燃焼について研究をしています。ロケット用燃料は実績が重視されます。現在、使われている燃料は、ハレー彗星を観測するために1985年に打ち上げられたM-3SIIロケットの燃料と基本組成が同じです。それに替わる新しい燃料と推進装置の開発を続けてきました。
Q: 新しい燃料に求められているものは何ですか。
推力を5〜10%アップさせる高性能化です。推力が強くなれば、その分、同じ大きさのロケットでより重い人工衛星を打ち上げたり、ロケットを小型化したりすることができます。低環境負荷もキーワードです。これまで使われてきた固体ロケット燃料は、燃やすと塩化水素ガスやアルミナ微粒子が、微量ですが発生します。それらを発生しない燃料が必要です。そして高性能化や低環境負荷を低コストで実現することが求められています。
Q: 新しい燃料と推進装置を開発する難しさは?
高温・高圧で進む燃焼過程で何が起きているのか、よく分からないという点です。過去の経験の蓄積があり、そこから得られた知識に基づき新しい燃料と推進装置の開発を行っています。ただし、それらの知識はノウハウであって、燃焼のメカニズムそのものが十分に分かっているわけではありません。最近では、レーザー技術により、燃焼過程を観測できるようになってきました。しかし肝心なところはやはり見えません。コンピュータ・シミュレーションの技術も向上していますが、燃焼過程は複雑で完全に再現することはできません。燃焼現象を包括的に記述できる理論がまだないのです。そのように現象が複雑で理解するのが難しいところが、燃焼を研究する面白さでもあります。
Q: もともと宇宙や化学に興味があったのですか。
10歳のとき、アポロ11号が月に行きました。とても衝撃的で強く印象に残っています。私は工学よりも、現象のメカニズムを理解する基礎科学に興味があり、学部では基礎的な化学反応の素過程を探求する研究室に入りました。その研究も面白かったのですが、大学院ではもう少し複雑な現象の研究をしたいと思いました。同じ化学分野でロケットの燃料の研究をしている研究室があり、そこへ入ることにしたのです。
Q: スポーツや音楽が趣味だそうですね。
子どものころピアノを習い、高校を卒業するまでよく弾いていました。10年ほど前、自宅の近くにサックス教室があることを知り、通い始めました。ジャズのサックスの音色が好きで、ずっとやってみたかったのです。最初は音を出すことも難しいのですが、その難しさがとても面白いところです。
スポーツは中学・高校と軟式テニス部でした。その後、スキーを始めましたが、最近では時々ゴルフをやるくらいです。
スポーツ観戦も好きです。1998年に客員研究員として赴任したペンシルベニア州立大学はアメフトの強豪校です。そのチームを熱烈に応援するようになり、最近ではインターネット中継で観戦しています。時差がつらいところですが、9〜11月のレギュラーシーズンの日曜日早朝には、パソコンの前にいます。アメフトはとても複雑なゲームで、戦術が多彩なところが魅力ですね。
お酒と料理も趣味ですが、やはり最も熱中してきたのは、仕事である燃焼の研究です。複雑な燃焼のメカニズムを知りたいという思いで研究を続けてきましたが、まだ分からないことだらけです。
Q: 新しい燃料と推進装置を、いつごろ導入できそうですか。
高性能化と低環境負荷を実現するため、新しい固体燃料と液体酸化剤を組み合わせた次世代型ハイブリッドロケットの開発を進めています。5年以内に、まずは小型の観測ロケットに導入できるようにしたいと思います。そして、観測ロケットで実績を積み、大型ロケットに採用されることを目指します。
人工衛星の軌道制御などを行うスラスタの燃料には、ヒドラジンという有害物質が使われてきました。そのヒドラジンを使わない新しい燃料を用いた低公害・高性能の新型スラスタの開発も進めてきました。有害物質が必要なくなれば、それを扱う高価な装置も不要となり、コストを下げることができます。その新型スラスタも数年以内には人工衛星に搭載したいと思います。私たちが長年進めてきた新しい燃料と推進装置の開発は、この先5年がとても重要な時期になります。