宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASコラム > 宇宙・夢・人 > 第9回:宇宙の電池屋さん

ISASコラム

宇宙・夢・人

宇宙の電池屋さん

(ISASニュース 2004年6月 No.279掲載)
 
宇宙探査工学研究系 曽根 理嗣
そね・よしつぐ。
1967年、静岡県生まれ。
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了。専門は電気化学。1996年、宇宙開発事業団開発部員。2003年、宇宙科学研究本部助教授。人工衛星の軽量化に向けた電池および電源技術の研究を行っている。
Q: 人工衛星の電源系、特に電池の研究をしているそうですね。
人工衛星の電池は、携帯電話などの電池と基本的には同じですが、使い方が大きく違います。例えば、低軌道衛星は約90分間で地球を1周します。昼の60分間は太陽電池パドルで発電して観測装置などの電力を賄い、電池にも充電します。そして夜の30分間に、電池から放電して衛星の電力を賄います。このように1日に何度も充放電を繰り返しながら、人工衛星のミッション期間である3〜5年にわたって、安定して電力を供給することが求められます。電池が切れると、人工衛星は死んでしまう。電池は人工衛星の寿命を左右しているのです。
Q: 小惑星探査機「はやぶさ」には、リチウムイオン電池が搭載されているそうですね。
宇宙で最初に使われた大型リチウムイオン電池だと思います。これまで人工衛星で使われてきたニッケルカドミウム電池やニッケル水素電池の質量は、人工衛星全体の約7%、1t級の衛星であれば100kg弱です。リチウムイオン電池では半分にできます。約50kg削減できれば、その分、観測機器を追加できますよね。私たちの頑張りどころです。リチウムイオン電池の利点は各国とも分かっていましたが、新しいタイプの電池は宇宙で何が起きるか心配です。“誰か先に打ち上げてくれよ"と各国がにらめっこし、意気込みのある国はロケットの打上げに失敗しているような状態でした。リチウムイオン電池は、携帯電話やノートパソコンなどに使われていますが、人工衛星のような宇宙独特の使い方ではすぐに劣化してしまう場合があります。電池の設計と使い方がうまくマッチしないと、安定して動いてくれません。そこで私たちのような“宇宙の電池屋さん”が、地上実験や衛星からのデータを解析してノウハウを習得し、電池をうまく使いこなせるようにしているのです。
Q: 燃料電池の研究もしているそうですね。
燃料電池は、水素と酸素を反応させて水ができる過程で電力を得ます。バッテリというよりジェネレータですね。水素や酸素を蓄えるにはタンクが要るので、小さな人工衛星には向きません。しかし、スペースシャトルのような大きなシステムになると、従来の電池よりも燃料電池を使った方が電源系を軽くできます。今後、軌道上で構造物を組み立てたり、燃料補給や修理・保守をするといった大きな電力を必要とする仕事には、燃料電池が欠かせません。人類のエネルギー問題を解決しようという宇宙太陽発電衛星の組み立てにも燃料電池が必要だと思います。太陽発電した電力で水を水素と酸素に電気分解するシステムと組み合わせた再生型燃料電池は、月面で大活躍するでしょう。月では夜が地球の14日間分、昼が14日間分続きます。昼に水を電気分解して水素・酸素を作っておけば、燃料電池で14日間分続く夜を乗り切れます。そういったことの実現が、私の夢ですね。
Q: 宇宙に興味を持ったきっかけは?
もともと星の観察などが好きでしたが、中学2年生のとき、スペースシャトルの初飛行をテレビで見たことが、私の人生を決めました。ものづくりをしながら、仕事として宇宙にかかわっている人がいることを強く感じたのです。絶対に将来は宇宙関係の仕事に就くのだと心に決めました。しかし、中学や高校の進路相談などでは、“夢があっていいなぁ。でも、もっと現実的に考えよう!"と言われ続けて……(笑)。

 大学では化学を学びました。大学3年のとき授業で、燃料電池を搭載したジェミニやアポロの話を先生がしてくれました。それが燃料電池との出会いです。電池の勉強をすれば、いつか必ず宇宙への道が開けるかもしれないと思いました。しかし学生だった1990年代前半、日本では燃料電池の研究は一段落して下火になっていました。指導教官にも、“宇宙ばかり見てないで、地に足を付けて勉強しなさい"とよく言われました。宇宙分野でもスペースシャトルに搭載されているアルカリ形燃料電池は大変高価なため、現在でもスペースシャトル以外では燃料電池は使われていません。
Q: 現在では、燃料電池自動車の開発などが盛んですね。
固体高分子形というタイプの技術革新が急速に進んでいます。それを宇宙でも使えるようにするのが、私の役目だと思っています。しかし、水管理が難しく、そのままでは宇宙機に使えません。旧・宇宙開発事業団で私は、固体高分子形を宇宙で転用する研究を続け、めどを付けました。そして昨年10月に宇宙研に来ました。今後、気球などに燃料電池を積んでもらい、実証実験をしていきたいですね。燃料電池を使って、太陽が出ない極域の冬でも、例えば100日間くらい連続してオーロラ観測をできるようにしたい。推進系燃料を燃料電池に使う研究にも参加しています。刺激に満ちた毎日で、今、楽しくて仕方ないんです。