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ISASコラム

第45回
火星探査機「のぞみ」その2

(ISASニュース 2006年11月 No.308掲載)

のぞみ

運命を決める大事件発生

前回も触れましたが、1998年12月20日に行った地球脱出のための地球パワー・スウィングバイで「のぞみ」の運命を決める大事件が発生しました。それは、12月18日16時34分(日本時間)に月面2800kmに最接近し、第2回月スウィングバイを成功裏に完了した2日後でした。

火星遷移軌道投入(TMI:Trans-Mars Orbit Insertion)のための手順として、まず19日の9時から14時45分の日本での可視時間帯に、スウィングバイ時に行う姿勢、スピン、軌道制御など、一連のコマンドをあらかじめアップリンクし、探査機に書き込む作業から開始しました。これは、万一、20日の可視でアップリンクが不調でコマンドによる書き込みができなくても、予定時刻にTMIが実行されるようにするためのものです。

20日、スウィングバイの当日は、「のぞみ」が地球を離れ火星遷移軌道に投入される非常に大事な瞬間で、相模原管制室にはスタッフ全員が集合していました。可視期間(8時50分〜14時10分)には予定通りTMIのコマンドの書き込みを完了しました。あいにく、地球スウィングバイする時刻にはすべて日本から非可視でしたが、スウィングバイ時に行う2液エンジン(OME)噴射の直後には米国ゴールドストーン局(DSN局)が可視になるため、管制室とJPLを音声ホットラインでつなぎ、「のぞみ」の状況把握を聞く体制をとっていました。

思いもよらなかった2液エンジン(ラッチングバルブ)の不具合

そこに飛び込んできたのは、DSN局で受信したドップラー計測からOMEのΔV量がノミナル値の437m/秒より約100m/秒少ない、との音声連絡でした。皆「えーッ!?」と一瞬耳を疑い、何が起こったのか分からず、ぼうぜんとしたことを覚えています。

その後21日午前2時から始まった日本の可視のテレメトリデータから、「のぞみ」はすべて正常で、姿勢のリオリエンテーション、スピンアップ、スピンダウンも正常に行われたことが確認されました。

ΔVが100m/秒少ない結果を踏まえ、この可視で、もともと補正ΔVとして予定していたOME噴射を予定より多く実施しました。このΔVは8:01と8:39の2回に分けて実施しました。その結果TMIに成功、巡航フェーズに入りましたが、総計ΔV=430m/秒となり、ノミナルに対し予定を大幅に超える推進剤を使ってしまいました。

このままでも火星到着は予定通り行われますが、そのときに残っている推進剤では、火星に到着しても科学観測を目的通り行うことができないことが判明しました。このため軌道計画グループは、川口淳一郎先生を中心に懸命に軌道計画の見直しを行いました。

その結果、いろいろ行ったケーススタディの中から、今後地球スウィングバイを2回行い火星到着を4年あまり遅らせれば、推進剤の消費量も少なく火星での科学観測を確実に遂行できる、という結果を見いだしました。

図1 打上げ当初の「のぞみ」の軌道

図2 「のぞみ」の新軌道

短い時間で行った大変な作業だったと推測します。地球パワー・スウィングバイで発生した推力不足は、燃料供給系の不具合で酸化剤ガス系バルブが完全に開き切らなかったために、酸化剤タンクへの押し圧供給能力が低下したことによるものと推定されました。このラッチングバルブ不具合の原因究明を行った結果、そこで使われている材料不適合によって、しゅう動部の動抵抗が増加し、作動不良に至ったと考えられました。このバルブは、皮肉にも米国の火星探査機マーズオブザーバの失敗を受けて、燃料、酸化剤が上流に逆流しないように、逆流防止弁の上流に安全のために追加したものでした。

(井上 浩三郎)