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ISASコラム

第35回
X線天文衛星「あすか」 その3

(ISASニュース 2005年12月 No.297掲載)

あすか

衛星の軽量化に「消費税」導入

衛星設計において重量、電力を減らすことは、大変に骨の折れる作業です。「あすか」もプロトモデルを開発する時点では、積み上げ重量が、目標420kg以下に対し約20%超過の500kg近くもありました。当時衛星システムを担当され、設計で苦労されたNEC(現NEC東芝スペースシステム)の北出さんは、次のように語っておられます。

― 衛星主任の田中靖郎先生は、軽量化のための数々の手法を導入されました。まずは、一律3%という重量軽減の目標値を設定し、各サブシステム/コンポーネントに軽量化を迫りました。軽量化のための苦渋の共有化です ―

― また、先生は「水に浮く機器はないだろうな」と問い掛けられ、比重が1以下のような密度の低い機器を作るな、というお心でした。“消費税”を導入したこの軽量化は、科学衛星開発では初めてでした。「あすか」では、この重量の軽減のほかに、機器搭載面積が足りないために“建ぺい率”を導入し、望遠鏡を伸展するために、伸展部に面する側面パネルに搭載した機器の高さを厳しく制限しました。これほど機器配置に苦労した衛星も少なかったのでは、と思われます ―

今だから話せる話

ところである日、満田和久先生が言いました。

― CCDカメラのカメラボディは、真空に封じた状態で打ち上げて、軌道上でバルブを開いて残留ガスの排気を行う予定でした。カメラボディの最終組立前までは問題がなかったのですが、最後の組立の後、真空の漏れがあることが分かりました。漏れの場所を特定するために、大みそかに田中靖郎先生自らヘリウムリークのディテクターを操作して、漏れ探しを手伝っていただきました。もったいない話ですが、漏れの場所は特定できませんでした。ノーズフェアリングをかぶせる直前から打上げ後にバルブを開くまでの時間と、それまでのカメラ内の温度分布の予想から、CCDに水がついてCCDが故障する確率がどれだけあるかについて喧々諤々の議論をし、最終的にこのまま進んでも大丈夫だろうということになり、打上げに臨みました。結果は大丈夫だったので、あのときの見積もりは正しかったということになります ―

打上げの現場における修羅場の一端を見る思いですね。

科学的成果

打上げ初期に観測機器の調整を行っているとき、おおぐま座の近傍銀河M81で超新星1993Jがはじけました。1987年の「ぎんが」打上げの直後にも超新星が出現したので、「日本がX線衛星を打ち上げると超新星が現れる」などと、評判になりました。

この観測から始まり、0.5keVから10keVまでの広いエネルギーにわたって大きな有効面積を持つ多重薄板型のX線反射望遠鏡と、非常に雑音が低い蛍光比例計数管とエネルギー分解能に優れているCCDカメラの2種類の検出器によって、多くの優れた観測成果を挙げました。

観測は国際的な公募により行われ、観測時間は日米間で合意された日本50%、米国15%、日米共同観測25%、ヨーロッパ10%という割合で配分され、延べ2112観測が行われました。2001年4月時点で、レフリー付きの学術誌に掲載されたものが1000編を超えました。これらの成果は、質・量・国際貢献度などにおいて、諸外国の衛星を含むほかの衛星と比較しても第一級のものといえます。

おわりに

「あすか」は、X線背景放射の解明、巨大ブラックホールの周辺現象の解明など、7年余りにわたって多くの観測で数々の成果を挙げ、当時ヨーロッパの宇宙科学の将来計画策定の会議において、「『あすか』の成果を下敷きにしなければならない」と叫ばれたほど、世界のX線衛星として大活躍しました。そして2000年7月14日に発生した太陽フレアと軌道高度の低下に起因する姿勢擾乱のため、衛星姿勢を制御することができない状態に陥り、2001年3月2日、大気圏に再突入して太平洋上空で燃え尽きました。まことに、功なり名遂げた末の大往生でした。

(井上 浩三郎)

「あすか」で撮ったかみのけ座方向の空域の画像(カラーはX線強度)