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ISASコラム

第18回
X線天文衛星「てんま」

(ISASニュース 2004年4月 No.277掲載)

てんま

わが国2番目のX線天文衛星ASTRO-Bは、1983年2月20日14時10分(日本標準時)にM-3Sロケット3号機によって打ち上げられ、近地点高度497km、遠地点高度503km、軌道傾斜角31.5度、周期94.4分の軌道に投入され、「てんま(天馬)」と命名されました。

「はくちょう」の成果を発展させるため観測装置の性能向上を図り、私たちの銀河系の外まで観測範囲を延ばしました。衛星重量は約218kgで、ガスジェットを使わずホイール(はずみ車)の回し方を調節することによって姿勢の安定を保ち、約10分間に1回のゆっくりした回転をします。衛星のスピン軸は、地球の磁場を利用して天空上の任意の方向に向ける(磁気トルク方式)ことができ、目的のX線天体を捕捉します。軌道上で展開する4枚の太陽電池パドルの発生電力は約140Wです。

ニューテーションの増加

太陽電池パドルの展開、各機器のテスト、磁気トルクによる姿勢制御、スピン制御と順調に推移し、帆座のX線パルサーVela X-1の観測を皮切りに、定常観測に入ったのは3月初めのことでした。間もなく、衛星のニューテーション(軸のふらつき)が増加するという予想もしなかった不具合が発生しました。これはホイールの異常によるもので、ホイールを止め、「はくちょう」と同じフリースピン方式に切り替えました。ホイールが使えないことで、星姿勢計による位置決定の多少の困難や観測精度に若干の影響がありましたが、主観測機器には影響はなく、運用が続けられました。

「てんま」第1周目。太陽電池パドル展開のコマンドを打つ前、緊張の中でのミーティング(手前右から時計回りに小野田、二宮、雛田、田中、小田、上杉、松井、高橋、筆者)

バッテリの容量低下現象とメモリ効果

打上げ前の総合試験が後半に差し掛かった1982年の秋、温度試験後に行ったBAT(バッテリ)のリコンディショニング試験(バッテリの容量を回復させる試験)で、BATの容量が低下していることに気付きました。同一ロットのバッテリを使用してさまざまな試験を行った結果、「BATを完全充電に近い状態で長時間高温に放置した場合」に容量低下が顕著に現れることが判明しました。

 この現象は、ニッケル・カドミウム電池で起こる、いわゆる「メモリ効果」と言われるもので、充電してもすぐにBAT電圧が上昇するため、電力制御ロジックによって充電が終了してしまい、結果的に充電ができず容量低下となったものです。これを解消するため同一ロットのバッテリで試験を行ったところ、過充電をした後、充放電サイクルを2ないし3サイクル繰り返すと、リコンディショニングに効果があることが分かりました。このとき経験した教訓は、
(1)BATを放電(空)の状態で放置する
(2)温度試験は行わない
(3)定期的にリコンディショニングを行う
など、BATの性能を維持する方法として、今も生かされています。

衛星寿命を縮めた電源系異常

「てんま」は1984年7月10日早朝までは正常に運用されていました。しかしその17時間後、7744周回の入感時に、テレメータ信号が復調しないという異常が発生しました。次の周回も同様でした。幸い地上からのコマンドによって復調ができるようになり、データ取得も可能になりました。

 関係者による診断と解析の結果、おそらく何らかの原因によって電池出力回路にショート状態が発生し、その結果電池とバスライン間の接続が断線したと推定されました。そして、この不具合を起こした有力な原因は、電池の充電やバス電圧を制御している電力制御回路が、正常に動作しなかったためと考えられました。

この電源系の異常により運用に大きな制限が生じました。日陰のときは運用ができず、そしてプログラマブルタイマーも日陰をまたいでは使用できず、従って長時間運用は事実上不可能になり、観測は日照中に限られました。このように観測効率は低下しましたが、幸い「てんま」のユニークな性能は損なわれませんでしたので、細心の注意を払いながら運用が続けられました。

(井上 浩三郎)

主観測装置「蛍光比例計数管」