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ISASコラム

第7回
電波探査衛星「でんぱ」

(ISASニュース 2003年4月 No.265掲載)

第1号科学衛星「しんせい」を打ち上げてからしばらくは、東大宇宙研にとって充実の年が続きました。1965年に提案され、地球の電離層から磁気圏にわたる領域の観測を目的とした第2号科学衛星REXS(Radio Exploration Satellte)は、1972年8月19日にM-4S-4号機によって打ち上げられ、「でんぱ」と命名されました。

軌道に乗った「でんぱ」は、最初の内之浦での受信で、衛星の第4段モータ部よりの切り離し、科学観測用アンテナの伸展、磁力計及び電子温度センサの伸展などを確認し、搭載されたすべての観測機器・装置が正常に作動し、太陽電池出力も予定どおりでした。すべてのデータが順調に取得されていた第26周目、異変が起きました。打上げ後3日目のことでした。少し詳しく当時の状況を説明しましょう。

8月22日9時4分(日本時間)、高圧電源を投入する予定が組まれました。手順書に従って初めて電子フラックス測定装置の高圧電源をオンするコマンドを送信しました。1秒もたたないうちに、突然テレメータの受信音が、ヒューという音とともに途絶えました。衛星から何もレスポンスが無くなり一瞬何が起こったか分かりませんでした。受信機の前ではオペレーターが手信号で×(バツ)信号を私に送っていました。ペンレコーダーに記録しているテレメータ信号はメチャクチャになっていました。

放電によって衛星の電源回路が異常をきたし、搭載機器の過電圧に弱いトランジスタなど半導体部品が損傷して正常に動作しなくなったと考えられます。その後136MHz送信機と400MHz送信機は回復しましたが、テレメータデータは正常に戻りませんでした。放電によって衛星のデータを符号化しているエンコーダが損傷を受けたものと思われます。

計画が始まって以来約7年、この衛星に全エネルギーをかけてきた担当者の研究者にとって何よりも増して手痛い打撃だったでしょう。コマンドを送信した小生にとっても衝撃的な経験でした。

この放電によってコマンド受信装置が誤動作することが判明しました。このため地上からのコマンドに対する衛星からのアンサーを調べ、現場でプリント基板に新しいコマンド符号をつくる変更で、コマンド受信装置は正しい受信解読がなされるようになったのですが、コマンド項目群選択のリレーが応答せず、観測装置の電源を投入できないことが判明したため、この作業は断念せざるをえませんでした。野村先生を中心に1日3時間の睡眠で3日間は頑張ったのですが……。無念の撤退でした。

事故発生直後よりテレメータ・データの詳細な解析を行うとともに、衛星の飛しょう前各種環境試験結果の再検討、同種の機器を用いた数多くの故障再現実験を実施して事故状況の解明ならびにその原因の究明に努めてきました。

すなわち事故の原因と推定される高電圧回路の放電に関しては、事故に直接関係のある電子フラックス測定装置とその高圧発生器のみならず、同じように高電圧を使用して打上げ時に一部不具合の生じた電磁波励起実験装置について、実際以上の悪条件における強制放電実験を行い、放電の発生箇所、その影響の波及状況を調べるとともに、これらの単体ならびにアンテナをもふくめた機器全体の総合放電実験を大気状態から高真空状態にわたって実施しました。

打ち上げ後第26周という短い時間で放電という思わぬ事故のため観測不能になりましたが、衛星主任の大林先生の報告によりますと、ほぼ70時間にわたる科学観測については、内之浦およびラス・パルマス局(フランス)において、可能なすべての軌道にわたるテレメータ受信が行われ、電離層および磁気圏のプラズマ密度、電子温度、VLF電磁波の強度スペクトル、LF電波エミッションおよび地球磁場分布などに関する興味ある情報を取得することができ、特に電離層内のF2層全域(250km以上)にわたる高度分布を観測し、亜熱帯域を中心とする電離層異常に関して貴重な資料が得られた、ということです。

(井上 浩三郎)