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ISASコラム

8人目:宇宙の道楽息子 〜Arp 220〜

(ISASニュース 2005年7月 No.292掲載)

 宇宙にはさまざまな銀河が存在します。その中には,つつましやかに着実な生活を送っている銀河もあれば,道楽息子のように,明日のことも考えず,非常に派手な生活を送っている銀河もあります。この道楽息子のような銀河の代表がArp(アープ)220です。

 この銀河にArp 220という,あまり面白くもない名前が付けられたのは,今から約40年前,1966年のことでした。この年に,Halton Arp(ハルトン・アープ)という天文学者が「奇妙な形をした銀河の写真集」という論文を発表します。Arpは,現在の宇宙論の常識である「宇宙は膨張している」という考えに真っ向からかみつくなど,ユニークな発想で知られる人でした。彼は,「普通の銀河なんてつまらない」と,「奇妙な形をした銀河」に着目し,当時世界最大の望遠鏡であったパロマー山の5m望遠鏡を駆使して,その写真集作りに取り組みます。この写真集の220番目の銀河がArp 220であったわけです。

 Arp 220の可視光線の写真(図1)を見てみると,銀河の美しい渦巻き構造などは見えず,確かに奇妙な形をしています。ただし,銀河の中に漂う「塵」が光を隠している模様が見えているだけで,可視光線ではその真の姿は見えていないようです。そこで,塵の影響を受けにくい赤外線で中心部分を詳しく調べてみると(図2),二つの「核」が見えてきました。どうも,二つの銀河が衝突しているようです。


図1
図1 可視光線で見たArp 220の中心部分(NASA提供)

図2
図2 赤外線で見たArp 220の中心部分(NASA提供)

図3
図3 X線で見たArp 220(NASA提供)

 しかし,このArp 220,デビュー直後は単なる「奇妙な形の銀河」の一つとして片付けられ,あまり注目されてきませんでした。

 さて,Arp 220のデビューから20年近くがたった1983年に,世界初の赤外線天文衛星IRAS(Infrared Astronomical Satellite)が,アメリカ・オランダ・イギリスの3国共同で打ち上げられました。このIRASが見たArp 220の姿は驚くべきものでした。Arp 220は,可視光線で見た姿よりも,赤外線で見た姿が,なんと100倍も明るかったのです。その全光度は,宇宙一の喧騒家「クェーサー」に迫るほどでした。

 さらに観測を続けると,Arp 220のように「赤外線で明るい銀河」が,ごろごろと見つかってきました。Arp 220のような銀河が,銀河の進化の中でも重要な役割を果たしている可能性が出てきたのです。デビュー以来20年間はさえなかったArp 220ですが,これらの発見により,にわかに注目を浴びるようになります。「Arp 220を明るくしているエネルギーの源は何か?」,その謎解きのレースが始まりました。

 まず考えられたのは,爆発的な星生成活動,すなわち「スターバースト」と呼ばれる現象です。若くて重い星は,大変に「生きがいい」ので,明るく輝きます。このように「生きがいい」星を数多く作ってやれば,銀河は大変に明るく輝くことができるようになるというわけです。

 ただし,このような「スターバースト」現象でArp 220の明るさを維持しようとすると,星を作る原料である「ガス」を数千万年で使い尽くしてしまうことが分かりました。数千万年という時間は,人間の実生活に比べれば長いものですが,宇宙の年齢137億年に比べれば,一瞬の出来事です。まさに,明日のことも考えず浪費に走る「道楽息子」の姿です。

 さらに,「本当にスターバーストだけで,エネルギー源としては十分なのか」という疑問は,常に付きまとってきました。ブラックホール探しが得意なX線でArp 220を見てみると(図3),中心にコンパクトな天体が存在することが分かりました。ひょっとすると,Arp 220の中心には巨大なブラックホールが存在し,そこに物質が落ち込むことにより,エネルギーが供給されているのかもしれません。

 Arp 220の謎解きは,まだまだ決着が付いていません。

(なかがわ・たかお)