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ISASコラム

第6回:イプシロンロケットの構造系 宇井 恭一 イプシロンプロジェクトチーム

(ISASニュース 2012年6月 No.375掲載)

イプシロンロケット実証機E-Xの構造系仕様

 イプシロンロケット実証機E-Xの構造系開発は、(第一段階として)短期間で確実な開発を進めるため、M-VロケットおよびH-IIA/Bロケット(以下、H-IIA)ですでに開発済みのコンポーネントを流用または一部改修して流用しています。主要な構造コンポーネントと、それらの新規・改修・流用を区別したものを図1に示します。

図1 イプシロンロケットの主要な構造コンポーネント

 1段モータより後端側はH-IIAロケット用ブースタSRB-A、1段モータより先端側はM-Vの2段・3段・4段の既開発品を流用します。一方、新規開発となるコンポーネントは、主に4つあります。まず、2段および3段モータケースです。モータ仕様はM-Vの2段・3段モータを流用しますが、ケースはM-Vで使用していた材料の入手性が悪くなってしまったことを受け、材料や製造工程を見直し、低コストかつ高性能化を図りました(後述)。第3段機器搭載構造は、M-Vではなかった小型液体推進系(『ISASニュース』2012年5月号参照)やH-IIA用で開発された電子機器などを搭載するための新しい構造です。衛星分離部は、ペイロードの振動環境緩和のための制振機能が主要開発要素です。最後のフェアリングについては、構造様式を少し工夫して水没するように変更し、船舶の航行安全を妨げる可能性がある分離・着水後漂流した破片の回収作業を不要にします(H-IIAでは回収作業を実施)。また、ペイロードに使ってもらえるスペースを世界のロケットと比較・検討し、M-Vより長くしました。

 このようにE-Xの構造系は、既存品の流用と新規開発のメリハリをつけた開発を進めています。現在、開発試験の真っ最中で、2012年11月ごろまでは相模原キャンパス振動試験室、構造試験棟のどちらかで何らかの試験を実施しています(図2は制振機能を確認するための振動試験の様子)。ご協力よろしくお願い致します。


図2 制振機能を確認するための振動試験の様子


低コスト化と高性能化を両立させた2段・3段用固体モータケース

 上段モータケースは打上げ能力に対する質量感度が大きいため、M-Vまでに開発された上段モータケースと同様に高性能化(軽量化)を進めていく必要があります。よって、M-V上段モータと同様に、フィラメントワインディング(FW)によるCFRP製を採用します。材料枯渇によって変更することになったCFRP用の炭素繊維には、世界最高レベルの繊維強度を誇るT1000G(東レ製)を採用することで、高性能モータを実現します。

 さらに、M-Vモータケースの成形方法として採用されていたオートクレーブ成形では、圧力をかけて形を整える際の作業工数が低コスト化を阻むという課題がありました。そこで、圧力をかけない方法、専門用語でオーブンキュア(無加圧でCFRPを固めるための高温処理を実施する)成形を採用し、低コスト化も可能にしました。

 プシロンの上段モータケースは、高性能化と低コスト化の両方が実現できた、開発者にとってうれしいコンポーネントになります。図3はPM(プロトモデル)試作をした3段モータケースです。設計通りの非常に良い出来栄えとなり、開発メンバーもホッと一安心です。

図3 PM(プロトモデル)試作をした3段モータケース


乗り心地の良いロケットを目指して

 ロケットの構造系担当が実施する仕事は、構造コンポーネントの開発だけではなく、ロケットが打上げから飛翔中に発生する音響・振動・衝撃(それらを機械的環境と呼んでいます)がどの程度発生するのかを予測することもあります。つまり、ロケットの乗り心地を考える仕事です。イプシロンでは、予測するだけでなく、少しでもペイロード(お客さま)にとって乗り心地の良いものにしようと、まず打上げ時の音響環境を小さくする(すなわち音によって発生する振動を小さくしてあげる)ための活動を実施しています。その結果、M-Vでは課題であった音響レベルを、H-IIAと同等レベルまで下げられる見込みが出てきています(活動の内容は2011年6月号、2012年5月号に掲載)。

さらなる進化を目指して

 第二段階では、第一段階では手を付けられなかったコストと、途中段階である乗り心地の抜本的な改善になります。すでに、研究は開始されており、第二段階ではまた新しい構造系の姿をお見せできると思います。

(うい・きょういち)