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ISASコラム

第2回:イプシロンが目指すもの 井元 隆行 イプシロンロケットプロジェクトチーム

(ISASニュース 2012年2月 No.371掲載)

イプシロンロケットの概要図
 我が国の固体ロケットは50年余りにわたって独自技術として進化し続けてきましたが、2006年にM-Xロケットが運用終了してから、衛星打上げという表舞台から遠ざかっています。しかし、我が国独自に蓄積されてきた固体ロケットシステム技術を維持することが必要不可欠であるという国家方針のもと、これまでの固体ロケットの伝統を受け継ぎ、活発化してきた小型衛星計画に対応することを目的として、イプシロンロケットの開発を着々と進めています。

 イプシロンロケット開発での我々の狙いは、シンプルな固体ロケットとコンパクトな射場の組み合わせで宇宙開発の未来を拓こうというものです。その中でも、打上げ前の準備作業が少ないため射場における運用性が良いという固体ロケットの強みに着目し、この強みを最大限に活用して世界一の運用性を目指すことをイプシロンロケットの目標にしています。具体的には、第1段ロケットを発射台に立ててから打上げ後の片付けまで7日間、衛星に最終アクセスしてから打上げまで3時間という目標を掲げており、これが実現できれば世界一になります。

 この高い目標を達成するための重要な技術は、自動化・自律化技術です。イプシロンロケットでは、これまで人が実施していた電気系点検作業や結果評価を、機体と地上設備のコンピュータが瞬時に実施することを計画しています。そのために、従来は地上設備が受け持っていた点検支援機能の一部を機体搭載化して機体をインテリジェント化する即応型運用支援装置(ROSE)と、コンパクトな発射管制システムを、新たに開発しています。例えば、ロケットの火工品回路を点検する際には、これまでは準備・点検・後処置に相当な手間と時間を要していました。イプシロンでは、点検のための特殊セットアップや後処置が不要となると同時に、点検と結果評価が瞬時に実行できるようになります。このような自動化・自律化を実現するためには、技術者に蓄積されてきたノウハウなどをソフトウェアに落とし込む必要があり、難度の高い技術開発です。

 さらに、イプシロンロケットには、輸送系共通基盤技術の先行的実証という役割もあります。点検の自動化・自律化や機動性の高い運用システムは、ロケットに依存しない共通基盤的な技術です。そのほかにも、例えば音響解析精度向上のための研究開発を実施しています。固体モータ燃焼試験の機会を利用して解析ツールの検証を行い、その解析ツールを使用してロケット打上げ時の音響を低減するための設備設計に反映しています。また、運用性向上を目的としたフェアリングの水没化技術の開発も実施しています。これらの技術をイプシロンロケットに先行適用して飛行実証する計画で、イプシロンロケットは将来の輸送システムを切り拓く役割を担っています。

 以上述べた、固体ロケット技術の継承と小型衛星計画への対応という目的、世界一の運用性を実現する目標、そして基盤技術先行実証の役割を担って、2つの形態のイプシロンロケットの開発を進めています。低軌道1.2トン級の打上げ能力を有する全段固体の3段式ロケットの基本形態と、その基本形態の最上段に小型液体ステージを搭載したオプション形態の2つです。基本形態ではコストパフォーマンスが倍増し、オプション形態では飛行中の増速量を自在に制御することが困難であるという固体ロケットの弱点を液体ステージにより補うことができるため人工衛星の軌道投入精度を向上させることが可能となり、ユーザー・フレンドリネスが抜本的に向上します。

 イプシロンロケットでは、段階的な開発を実施する計画です。まずは、M-Xロケットで培った技術などを最大限に活用し、世界一の運用性を実現したイプシロンロケットを2013年度に打ち上げます。その開発と並行してアビオニクスや構造などのより先進的な研究に着手しています。これらの研究成果を反映して、さらに低コスト化を実現するイプシロンロケットを2017年度に打ち上げることを目標にしています。

 つまり、イプシロンロケットはこれまでに培ってきた成果を踏まえつつ、その延長線上にとどまることなく固体ロケットを革新的に進化させます。また、世界一の運用性の実現やサブシステムレベルの洗練化・先進的な共通技術の先行適用などの取り組みは、固体ロケットの大いなる飛躍の第一歩であると同時に、我が国の宇宙輸送システムの将来を開拓するロケットでもあります。

 素晴らしいロケットを開発するためには優秀な技術者の育成が必要不可欠です。イプシロンロケットを開発することが、実践を伴った技術継承や人材育成に直接的につながります。この開発に携わり成長した技術者は、将来の宇宙開発をけん引していく人材になるでしょう。このように、イプシロンロケットの開発は、将来の宇宙輸送システムの発展に重要な役割を果たしているのです。


(いもと・たかゆき)