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ISASコラム

第6回
大気球による宇宙線の観測

(ISASニュース 2003年3月 No.264掲載)

宇宙から降り注ぐ宇宙線は、まさに「天啓」として多くの宇宙の情報を伝えてくれる。そこには、星が進化の最終段階で爆発する超新星からの電子、陽子、原子核やニュートリノ、宇宙の初期に創られた未知の粒子やブラックホールからの反粒子といった、まだまだ宇宙に残された謎を解く貴重な情報が満載されている。これらはすべて地球上では実現できない極限的な環境でのみ生み出される。この意味で、宇宙は物理学の壮大な実験室でもあるといえる。しかし、この情報を確実に受け取り、正確に解釈することは極めて困難なことである。ガリレオがはじめて望遠鏡で星を観測して以来、人類はさまざまな装置を考案してこの困難な課題に挑戦し、それに成功したものは時には新発見の栄誉に恵まれている。

宇宙線は、地球に到来すると大気に阻まれて、極めて高いエネルギーのものやニュートリノのようなほとんど反応しない粒子を除いて、地上に到達することができない。つまり、大気は宇宙線の遮蔽物として人類を保護しているが、逆に宇宙線の観測には邪魔者となる。このため、宇宙線観測では装置を製作するだけでは意味がなく、それを大気上空へ運ぶ「乗り物」が不可欠である。この意味で、気球と宇宙線観測は不可分の関係にあり、装置は重量やサイズといった気球搭載の条件を満たさなければならないが、逆に気球技術が進歩すれば更に高精度な装置の利用が可能になる。

我々が、超新星爆発で創られる極めて高いエネルギーの電子の観測を行なうために開発した装置は、気球に搭載するために、軽量かつ大きな面積を持つという矛盾した要求を満たす必要があった。そのため、これまで世界のどこでも用いられていない技術を採用した。それは、シンチレーション・ファイバーと呼ばれる、電荷をもつ粒子が通過すると光を出すファイバー(直径1mm)を約1万本用いて宇宙線を捕らえるというものである。ファイバーからの微弱な光を、約100万倍に増光して特殊なCCDカメラで撮像するために、イメージ・インテンシファイヤーと呼ばれる装置を用いる。図1にその模式図を示すが、宇宙線が装置に入ると鉛板と衝突して多くの粒子を発生し、その粒子をシンチレーション・ファイバーで検出するという原理である。エネルギーが低い場合には電子はただ吸収されるだけであるが、高エネルギーになると逆に粒子の数がネズミ算的に増加し、エネルギーが下がると増殖は終わる。この現象は、滝から落ちる水が飛び散る様子に例えてカスケード・シャワーと呼ばれている。この装置の特徴は、このカスケード・シャワーの様子から、宇宙線中の電子のみを選びだしかつその到来方向とエネルギーを同時に測ることができる点にある。このために、軽量かつ大面積な装置が実現できている。

図1:気球搭載用電子観測装置(BETS)の模式図

我々が、宇宙線の中でも高いエネルギーの電子に注目しているのは、そのような電子は超新星爆発の情報を直接的にもたらすからである。図2に、これまでの観測結果と理論的計算の予測値を示す。気球による観測は、エネルギーで1TeVまで来ている。しかし、その少し先にVelaと呼ばれる超新星で加速された電子が存在する可能性が極めて高い。この電子の観測のため、従来の観測時間(約1日)を飛躍的に増大する必要があり、南極周回気球(約20日)や国際宇宙ステーション(約3年)での観測に挑戦している。

図2:これまでの気球による電子のエネルギースペクトルの観測データと理論的予測値。
1TeV(=1012eV)以上にはまだ観測データがないが、Vela超新星からの電子の存在が予言されている。

(鳥居 祥二)